第14部 最終部 『さよなら こんにちは』編 第21話
奴らはぞろぞろと、まるで遊びに来るように死霊屋敷への道を歩いて来た。
「彩斗リーダー、火炎瓶ドローンを突入させますか?」
インターコムからクラの声が聞こえた。
俺は明石と四郎の顔を見た。
2人とも顔を横に振り、少し待てと小声で言った。
「クラ、もう少し待て。
ドローンを突入させる時は俺達から合図する。」
「コピー。」
明石と四郎はにやりとし、明石が俺に話した。
「そうだ彩斗、初めの奴らを通してここまで引き付ける。
道は狭いから最初に来た奴らを殲滅する間、後続が来るのを火炎瓶で遅らせるんだ。
そうすれば順次撃滅できるからな。」
「景行、四郎、コピー。」
俺は奴らがここに迫って来ている事をインターコムで各部署に伝えた。
落ち着いた声でコピーと返事が来た。
俺達は双眼鏡で奴らが見えるのを待った。
「はなちゃん、俺の合図で見えない壁を頼むぜ。」
「判ったじゃの景行、任せとけじゃの…おお!
おおお!なんて事じゃの!
このタイミングで!なんて事じゃの!」
突如はなちゃんが白目を剝いて顔をかくかく痙攣させた。
「どうしたのハナちゃん?」
「彩斗、皆!ミサイルが飛んで来るじゃの!
2、3,いやいや、5発じゃの!
真っすぐこちらに向かっておるじゃの!」
俺達ははなちゃんの言葉に凍り付いた。
そして、数秒後に自治体の緊急サイレンが鳴り響いた。
「高速の飛来体が飛んで来ます。
極めて高速の飛来体が飛んで来ます。
住民の方々は至急、頑丈な建物か地下に避難してください。」
状況にそぐわないのんびりしたアナウンスが聞こえて来た。
「今1発を誰かが撃ち落としたじゃの!
まだ4発向かって来るじゃの!
彩斗、皆!どうする!」
サイレンとアナウンスを聞いた奴らの群れは動揺して立ち止まり空を見上がたが、また死霊屋敷への行進を再開した。
配置についたバリケード班などの人達も不安そうな表情で空を見上げていた。
「みな!どうするんじゃの!
4発が来るじゃの!
ええい!役立たずの奴らは撃ち落とせんようじゃの!」
「はなちゃん!とにかくミサイルを撃ち落としてくれ!」
俺ははなちゃんにそう叫んだ後で明石と四郎の顔を見た。
明石も四郎も俺に小さく頷いた。
「判ったじゃの!
壁は暫く張れんじゃの!」
そう言うとはなちゃんは空に顔とジンコの枝を向け、静かに目を閉じた。
「彩斗、仕方ないな敵も俺達全員も蒸発するかも知れんからな。」
「景行!でもはなちゃんの壁が!」
「落ち着け彩斗、まだまだ俺達には重機関銃もヲタ地雷も堀もある。
それより皆にはなちゃんがミサイルを撃ち落とすから安心しろと、配置についたままでいろと伝えろ。」
俺は言われたようにインターコムで各部署に状況を伝え落ち着いて配置につくように伝えた。
この前ミサイルを撃墜した時ははなちゃんの身体は酷いダメージを負った。
俺は手術をしてかなりはなちゃんの体を修理補強したが、どれだけ持つのか判らない。
そしてはなちゃんが気絶してしまったら…。
インターコムからリリーの声が聞こえた。
「彩斗、こちらリリー、こっちの敷地に来る道路を封鎖しているよ。
奴らが見えた。
射撃するには少し遠いけどね。
奴らもこっちに気が付いたようだけど、死霊屋敷の前で足を止めたよ。
ちきしょう、ミサイルははなちゃんに任せるんだね。」
リリーの声に俺達は改めて双眼鏡を覗き込んだ。
これで俺達から見て入り口ゲートから左側の心配はしないで済みそうだった。
入り口ゲートの先に奴らが充満している、そしてその途中の塀の辺りにも奴らの列がチラチラ見えていた。
奴らはミサイル警報にも全く無頓着だった。
明石がインターコムに囁いた。
「来たぞ。
皆落ち着いて彩斗の指示を待て。
先走って撃たない様にな。」
各部署からコピーと返事が来た。
「彩斗、落ち行けよ。
奴らに先手を打たせるぞ。
俺達は後の先をとる。
様子を見よう。」
明石が俺に言うと同時に奴らの方角からスピーカーでいささか下卑た声が聞こえて来た。
「おい、昨日の夜は酷い事をしてくれたな。
流石に悪い悪鬼どもだ。
しかし、俺達寛大な悪鬼と人間の軍団は非常に寛大なんだ。
今降伏すれば命を助けてやっても良いぞ。」
俺の耳に明石が囁いた。
「彩斗、城攻めの常套手段だ。
まず降伏を勧める。
降伏しなくとも籠城側に動揺を与える事が出来るからな。
皆に落ち着くように伝えろ。」
俺がインターコムで各部署に伝えている間に明石はスピーカーを取り出した。
何かでインターコムが通じない時の為に鐘楼に置いてあるものだった。
明石がスピーカーで話し出した。
「ほうほうほう、随分お優しいものだな。
そちらこそ尻尾を丸めて引き返せば命は助けてやろうかと思うぞ。
薄汚い野犬の群れども。
帰る時は『ひだまり』辺りを掃除して帰れ。」
明石が目配せをすると四郎が大きな声で笑いだした。
明石は俺にも目配せをした。
俺はインターコムで各部署に大声で笑えと伝えた。
死霊屋敷のあちこちから大きな笑い声が聞こえて来た。
奴らのスピーカーから言葉に詰まる音が聞こえて来た。
自治体の緊急サイレンとアナウンスはいつの間にか止んでいた。
「うっうう、強がり言うんじゃんねえよ!
こっちは1万もいるんだぜ!
お前ら皆殺しにされたいのかよ!」
「うはは、お前は味方の軍勢の数も数えられんのか?
1万3千いるんだろう?
だが俺達には関係ない、昨日お前達を1000人以上は始末したぞ。
とても簡単にな!」
また四郎が笑い、死霊屋敷のあちこちから笑い声が上がった。
明石が笑顔で話を続けた。
「まぁ、よいさ、お前らは皆死ぬんだからな。
この屋敷に入り込む奴は皆殺しだ。
戦い始めてから逃げる奴も皆殺しだ。
今のうちに逃げるなら見逃してやらん事も無いがな。
俺達は優しいのだ。
お前ら薄汚い野犬どもにもとても優しいのだ。」
又笑い声が起きた。
微かに北の空はるか上空で光が点滅した。
その時はなちゃんが目を見開いた。
そして弱々しい声で言った。
「彩斗、みな、わらわが全部落としたじゃの…じゃが…草臥れたじゃの…壁をいつまで張れるか…判らんじゃの…。」
「はなちゃんでかした!
もう少し頑張ってくれ!」
「はなちゃん!頼むから今気絶しないでね!
俺と四郎がはなちゃんに言った。
はなちゃんが弱々しく手を上げたが、熊の着ぐるみの中の手が折れているのか、少し腕の角度が変だった。
「…くそ!お前ら皆死ね!
撃て!あれを撃て!」
次の瞬間、奴らの中から煙が上がり、光が尾を引きながら鐘楼に向かって飛んで来た。
ミサイル、対戦車ミサイルが5発。
俺は周りに逃げろ!と叫んだが誰も逃げ切れない。
弾が当たる!
その瞬間にはなちゃんがかぁああ!と声を上げた。
5発の対戦車ミサイルは鐘楼に当たる直前に進路を変えて通り過ぎ、180度向きを変えて奴らの方角に飛んで行った。
そして、奴らの列に着弾して次々に爆発した。
数十人の身体が千切れ飛びながら空中高く飛んで行った。
奴らの列から物凄い悲鳴が聞こえてくる。
恐らくもっとたくさん奴らを殺傷しただろう。
もう、対戦車ミサイルは飛んでこなかった。
「ちちち、畜生!
やれ!やれ!
お前ら掛かれ!
皆殺しだ!
塀を乗り越えろ!
門をぶち壊せ!」
奴らのスピーカーから慌てた叫び声が聞こえ、一斉に奴らが死霊屋敷の入り口ゲートや塀に殺到した。
入り口ゲートがガンガンと叩かれて少し揺れ、塀の先に奴らが乗り越えようとする頭が見え始めた。
「はなちゃん、命拾いしたぜ。
あとは俺の合図で壁をな…。」
「待て景行!待て!ジンコが大変じゃの!」
はなちゃんが空に手を伸ばした、
その先にはいつのまにか月が昇っていた。
「彩斗!わらわの手が…動かん!
胸の缶を出してくれじゃの!
急げ!ジンコが!」
俺は戸惑いながらはなちゃんの胸の辺りをまさぐり、缶を見つけた。
だが、その時にはなちゃんの胴体がかなり崩れている事がはなちゃんの体を探る手の感触で判った。
俺ははなちゃんの身体の状態に戦慄しながらもナイフを抜いてはなちゃんの熊の着ぐるみを斬り裂いて、缶を取り出した。
「彩斗!その缶を開けて中身をわらわの手に置け!早く!
景行!皆…壁が張れん…。
今のわらわの身体では壁を張れて…ものの数十秒じゃの…。
後は…頼んだ…じゃ…の…。」
俺が缶を開けると、中身は長い黒髪の毛の束だった。
はなちゃんはそれを手に持ち胸に当てて白目を剝いて沈黙した。
「彩斗!見えない壁の戦法は捨てる!
いいか、俺の合図で入り口ゲートを開けるぞ!
クラのドローンも準備もさせておけ!
状況次第で一番効果がありそうな良い所に突っ込ませる!」
「景行、コピー!」
俺はクラにドローンの件を伝えている間に入り口ゲートが徐々に開き始めた。
バリケード班が一斉に入り口ゲートに照準を合わせた。
ゲートに押し寄せた奴らはいきなりゲートが開き始めて戸惑って立ちすくんでいた。
その時圭子さんが悲鳴を上げた。
「なに!なんなの!
ミヒャエル!駄目よ!ミヒャエル!」
見るとミヒャエルが軽い足取りで入り口ゲートに歩いて行く。
まるで散歩にでも出かけるように。
余りにも意外な事で誰もミヒャエルを追って止めようとしない。
バリケード班の真鈴や栞菜達も驚きの表情でミヒャエルを見つめたままだった。
明石が圭子さんとミヒャエルに叫び続けていた。
「おい!ミヒャエル!戻って来い!死ぬぞ!」
「ミヒャエル駄目!駄目よ!」
ミヒャエルは鐘楼の明石夫婦を笑顔で振り返った。
「おとうさん、おかあさん…おとうさん、おかあさん、大丈夫だよ。
僕に任せて。」
ミヒャエルが明石夫婦をおとうさんおかあさんと呼んだのを俺は初めて聞いた。
恐らくミヒャエルに初めておとうさんおかあさんと呼ばれたであろう明石夫婦は沈黙してミヒャエルを見つめていた。
入り口ゲートは開き続けた。
外に充満していた奴らは目の前に立っているミヒャエルを見て驚き、足を止めてミヒャエルを見つめた。
塀を乗り越えようと頭を出していた奴らも入り口ゲートの方に顔を向けて動きが止まった。
ミヒャエルが奴らに軽く頭を下げてから、静かに歌い出した。
ミヒャエルの身体がほのかに輝き出し、その背中から薄いシャツを破いて天使のような翼が出て左右に広がった。
俺達も奴らも全員が動きを止めてじっとミヒャエルを見つめていた。
続く
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