第14部 最終部 『さよなら こんにちは』編 第22話
ミヒャエルがあの、お腹の中の子供にこれから子供が生まれ来る世界の美しさ素晴らしさ優しさを、そしてその世界は歓迎して迎えてくれることを歌う母親のあの歌を歌い始めた。
この前聞いた時より遥かに優しく力強く、聞いている者の魂を優しく、しかし力強く揺さぶるような歌声だった。
俺達も奴らも動けなかった。
「なんて…優しくて…美しいの…。」
SR-25を入り口ゲートの先に密集している奴らに向けて構えている大宮さんが涙交じりの声で囁いた。
ミヒャエルの歌に全員が固まった。
全員が聞き惚れた。
俺達も奴らも全員の魂が揺さぶられた。
そして、そのくらべものも無い美しい歌声が銃声で途切れた。
いきなりミヒャエルの頭部、右半分が消し飛んだ。
一瞬歌が止まったミヒャエルがまた歌を歌おうと口を開けたが続いて飛んで来た銃弾が胴体に当たった。
更に数発の弾丸が飛んできてミヒャエルの身体の部品を吹き飛ばし、その金色の美しい翼をも片方を根元から千切り飛ばした。
「ミヒャエル!」
皆が動けない時、明石が叫びながら鐘楼から飛び降りて着地するとミヒャエルの方へ走って行った。
余りの事で俺達も奴らも動けなかった。
目を見開いて目の前の惨劇を見つめる事しか出来なかった。
ミヒャエルが崩れ落ちた。
明石はミヒャエルに駆け寄ると恐らく大口径の狩猟用ライフル弾に撃たれたミヒャエルの吹き飛んだ頭の破片を拾い集め、ミヒャエルの腹からこぼれ出る内臓を押しとどめるように手で押さえつけながら華奢なミヒャエルの身体を抱き上げると第1バリケードの裏まで運んできた。
明石を追って銃弾が追いかけ、数発の弾丸を明石は被弾したが、明石の歩みは止まらなかった。
鐘楼からそれを見守っている俺の頭に明石とミヒャエルのやり取りが流れ込んで来た。
「ミヒャエル!しっかりしろ!
大丈夫だ!直ぐに元通りになる!」
「おとうさん…痛い…でも…もう…駄目…だよ…。」
「そんな事言うなミヒャエル!治るから!治るから!」
頭部が半分消し飛んだミヒャエルが苦労して笑顔を浮かべ明石の顔に手を伸ばした。
その手も何本かの指が銃弾で吹き飛ばされている。
ミヒャエルはそっと明石の頬を撫でようとしたが、その手は血の気が失せ乾燥が始まり崩れ始めた。
ミヒャエル全体が、あの小田原要塞のみちの様に白い石膏像のようになりながら静かに灰になって行った。
バリケード班の皆も目を見開いて灰になりつつあるミヒャエルを見つめた。
「お…おと…うさ……。」
話すその口からどんどんと白く崩れ始めミヒャエルは灰になって行った。
ミヒャエルを抱く明石の腕から、指からミヒャエルは零れ落ちて行った。
また数発の銃声が、これは圭子さんが撃ったものだった。
圭子さんは涙を流しながら小声でミヒャエルと呟きながら、ミヒャエルを撃った数人のアナザーの頭を吹き飛ばしていった。
奴らのスピーカーから下卑た声が聞こえて来た。
「みんな騙されるな!
これは奴らの汚い手なんだ!
ほら、奴ら撃って来ただろ!
さっきの天使の小僧は俺達が先に見つけたんだ!
それを奴らが横取りしたんだ!
奴らはあのガキを使って俺達を丸め込もうとしたんだ!」
冷静に考えたら矛盾だらけの無茶苦茶な事をほざいているが死霊屋敷前に集まったお粗末な脳みその奴らは呪縛が解けたように武器を構えて俺達を睨みつけた。
そして、武器をかざし地面に打ち付けながら殺せ!殺せ!と大合唱を始めた。
手に残ったミヒャエルの灰を握りしめた明石は血の涙を流して叫んだ。
真鈴達バリケード班は入り口ゲートに銃口を向けた。
灰になったミヒャエルをその手に握りしめ、血の涙を流している明石がアナザーの表情になってまた大声で叫んだ。
「良いかお前ら!
徹底的に仲間を守れ!
保護した人達を守れ!
徹底的に戦え!
奴らを1匹も入れるな!
1匹も逃すな!
皆殺しにしろ!
皆殺しだ!」
それが死霊屋敷側の戦闘開始合図になった。
その時、喜朗おじが起爆させたのだろう。
入り口ゲート横に前々から設置したある2つのヲタ地雷が爆発し、入口ゲートに密集している奴らをヲタ地雷に内蔵されている数百個の鉄球が銃弾以上の速度で散々に切り刻み吹き飛ばした。
入口に密集していた奴らがあるいは血の霧となって消え失せ、あるいは数百もの死骸と悲鳴を上げる肉片になった。
その空間を新たな奴らが埋め尽くして死霊屋敷に侵入しようと集まって来る。
真鈴と栞菜の号令でバリケード班の一斉射撃が始まった。
ヲタ地雷で粉砕された先鋒の奴らの死骸に脚を取られて歩みが遅くなった奴らはバタバタを撃ち倒されてまた新しい死体の山が出来て行く。
「彩斗!俺が鐘楼に戻るまで四郎と指揮を執れ!」
インターコムから明石の声が聞こえた。
既に鐘楼や俺達の家に陣取る圭子さんが率いる狙撃班も奴らの先鋒から少し後ろの奴らを狙撃し始めた。
重機関銃はまだ沈黙を続けている。これは塀を乗り越えてやってくる奴らが堀と鉄条網を突破した時に一斉射撃を始める手順になっていた。
近距離での12・7ミリの巨大な弾丸はヒューマンでもアナザーでも容赦なくその体を吹き飛ばし切り裂くだろう。
俺は入り口ゲート以外の堀を守備している守備班に指示を出した。
「いいか、まだ撃つな、奴らは深い堀で登れずにもがいている。
堀が奴らの身体でいっぱいになったら奴らは向かってくる、鉄条網で足止めされている間にヲタ地雷を起爆する。
今はまだ全力射撃をするな。
塀を乗り越えた奴らで銃や飛び道具を持っている奴らを始末しろ。」
俺は双眼鏡で塀を見た。
塀を乗り越えてきた奴らはどんどんと堀に落ちて行く。
奴らの身体で堀が埋まるまで待ってからヲタ地雷を起爆する。
先に堀に落ちた奴らは後から来る仲間の身体でどんどん圧死してゆくだろう。
入り口ゲートでは侵入しようとしてくる奴らの大虐殺が続いていた。
真鈴達はまだ第1バリケードを保持している。
負傷者も今の所が出ていなく、一方的に奴らを殺し続けていた。
厄介なアナザーが飛び出て来るか、弾丸が無くならない限り第1バリケードは突破はされないだろう。
インターコムからリリーの声が聞こえた。
「彩斗、襲撃が始まった事を小田原のテレサに伝えたよ!
今、テレサの所も5万くらい押しかけているらしいわ。
でもあの要塞なら大丈夫だと思うけど、残念ながら増援は無理そうね。
そこまで話していたら通信が途絶したよ。
誰かがジャミングを掛けていると思う。
…小田原要塞に逃げるのは難しくなったね、ここで踏ん張るしかなくなったよ。
私達も装甲バンを押し出して少し奴らを掃除しようと思うけどどうする?」
「リリー、コピー。
まだ入り口ゲートで効率よく奴らを始末し続けている!
装甲バンは温存しておいてくれ!
出番があれば知らせる!」
「コピー。
彩斗、皆、頑張って!
ワイバーンに幸運を!」
そして明石が鐘楼に上がってくると双眼鏡を覗いて状況を見回した。
元のヒューマン顔に戻っている。
ミヒャエルは気の毒にと言いそうになったが今はそれどころではない。
「彩斗、四郎、今の所は持ちこたえられそうだな。
俺と四郎はヤバそうな、突破されそうな場所が出来たらその応援に行くから彩斗はここから全体の状況を見ろ。
お前が総大将だぞ。
全体を見ろ。」
「コピー。景行。」
入り口ゲートでは真鈴達バリケード班がどんどん殺しまくっていた。
ヒューマンもアナザーもバタバタ倒れて行く。
アナザーも雑魚ばかりの様でヒューマンより多少タフなだけの様だった。
俺はホッとしながらもどこかの強い奴らがいて突破口を開けようとしているだろうと思った。
その兆候を見逃さないようにしなければ。
塀を乗り越えたところに深く掘った堀にドンドンと奴らが落ちて上から容赦なく塀を乗り越えてくる奴らの下敷きになっていた。
「うむ、もう直ぐ堀は埋まるかな?
700か800はあの堀でペシャンコになっているだろうな。
彩斗、奴らの死体で堀が埋まれば少々激しく押し寄せて来るかもな。
われの出番が来るかもな。」
四郎はそう言ってにやりと凶悪な笑顔を浮かべた。
確かにそうだろう。
しかし、堀の先には鉄条網が足止めし、喜朗おじが作ったヲタ地雷30個が待ち構えているし、そして尚も突破してくれば松浦達の守備隊が一斉射撃をする手順になっていた。
その時に火を吐く重機関銃も頼りになる。
もう、どれくらいの奴らを始末したのだろうか…入り口ゲートだけでも奴らの死者は既に1000人近くは出ただろう。
しかし、恐ろしい事に奴らはどんどん仲間が悲惨に死んでも怯まずにどんどん味方の死体を乗り越えてやって来ている。
奴らの1万を始末してもまだ3千からの奴らがいるのだ。
正直に言うと俺は鐘楼から全体の指揮を執るよりも、真鈴の様に最前線で撃ちまくる方がよっぽど気が楽だと思った。
火炎瓶を積んだドローンが奴らの上をゆっくり周回していて、そのカメラ映像から向かってくる奴らの列を見た。
呆れた事に一番後続はまだ『ひだまり』の辺りにいて続々と死霊屋敷に向かって来ていた。
俺達に殺されに続々と歩いて来た。
つい数分前、争いを止めようとして、それが成功しつつあったミヒャエルの無残な死が遠い昔の様に思えた。
やがて喜朗おじ程まで行かないがハルクの様に大きな体に変化したアナザーが3匹、入り口ゲートの奴らの死体を、そしてまだ息が有って倒れて呻いている奴らをかき分け放り投げて道を作りながら進んで来た。
圭子さん達狙撃班がそのでかいアナザーに集中射撃を開始したが致命的な所に当たっても中々奴らは怯まなかった。
エレファントガンの物凄い轟音が響き、でかいアナザーの1匹が崩れ落ちた。
1人装甲バンの前に前進してきたリリーの援護射撃だろう。
「リリー、援護射撃サンキュウ。」
「どういたしまして彩斗、まだ後ろからデカい奴らがどんどん来てるよ。
気を付けて。」
続く
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