第12部 黎明編 第38話


暖炉の間に集まった俺達は何故か皆、声を潜めて話した。

明石が俺達の顔を見回していった。


「良いか皆、ユキはまだあのテレビのニュース映像は見てはいないがいずれ気が付くだろう。

 顔面にモザイクが入っていても、ユキならあのSIG使いがおもらし小僧の彩斗だと判ってしまうと思う。」


皆がうんうんと頷いた。

明石が続けた。


「そして彩斗が宝石店に出入りしたと言う事はだ、いくら少し感が鈍いユキだとしてもピンとくると思うぞ。」

「そうね、いくらユキが感が鈍くても、はは~んと思うかも知れない。」

「感が鈍いと言ってもユキは女よ。

 女の勘は侮れないわ。」


…何か皆が俺同様にユキを軽くディスりながら話しているが、まぁ、ユキはヒューマンだし討伐でアナザーと命のやり取りをしたわけでもないからな…。


「それじゃどうするの?

 あくまでユキには偶然そこを通りかかったと言うかい?」


俺が言うと四郎のビンタが頬に飛んできた。


「バカやろう!

 お漏らし小僧の彩斗がユキの女の勘をはぐらかせるとでも思うのかぁああああ!

 ただでさえお前の意識は周囲に駄々洩れのお漏らしをする時があると言うのに!」


四郎の言葉に皆がうんうんと頷いた。


「そう言う訳だから何かカバーストーリーを考えるべきね。

 彩斗、鼻血を拭きなよ。」


ジンコはそう言って俺にぞんざいな感じでティッシュの箱を投げつけた。

結局明石夫婦が本当の結婚記念日のための記念指輪を頼んでいたのを俺がお使いで取りに行き、たまたま強盗事件に遭遇したと言う事になったった。


「良いか皆このカバーストーリーを頭に叩き込むんだ。

 誰かがうっかりユキに口を滑らせるとこの作戦は大失敗だからな。」


明石の言葉に俺以外の皆がうんうんと頷いた。


「待って景行、この作戦は何か名前を付ける必要があるわ。

 ユキが居る所でこの作戦に関して話さないといけない状況もあり得るじゃない?

 下手な作戦名ではユキに感づかれる可能性があるから何か秘匿名も考えないとね。」


圭子さんの言葉に皆が頷いた。


「…じゃあ、お漏らし彩斗プロポーズ大作戦と言う事で頭文字を取って『OSPDS』という事でどうかしら?」

「待ってよジンコ、大作戦と言うならビッグプロジェクトとか、ビッグミッションとか…だから最後のDSって言うのは…。」


俺が言うとジンコのビンタが頬に飛んできた。


「だから彩斗は気が利かないおもらし小僧なのよ!

 いい?司はともかく忍がいるのよ!

 全部英語だと良く判らないでしょ!」

「その通りだ彩斗、われも時々思うのだがお前は気配りがまだまだ足りない所があるぞ。

 ほら、また鼻血を拭け。」


四郎の言葉に俺以外の皆がうんうんと頷いた。


「ジンコ、ありがとう。

 大作戦のDSだったら私も覚えられる~!」


忍がジンコに抱きつきお礼を言った。

そして俺達は、お漏ら…『OSPDS』の打ち合わせに入り、次にクラと凛夫婦が探りを入れている群馬と栃木の境界にいる質の悪いアナザーの集団の情報を聞きながら討伐計画を練った。


確認されているアナザーは4匹、そこそこの強さだと言う事で山中のハイキング客などを不定期に襲い、熊の仕業に見せかけて犯行をしていると言う事だった。


俺達は質の悪いアナザー4人組の討伐の計画を練った。


「はぁ~、しかし忙しいなこのスケジュールは…2つを同時進行と言うのはやっぱり大変だからどちらかを優先に…。」


俺がため息をつきながら言うと再びジンコのビンタが俺の頬に飛んだ。


「この、バカたれがぁああああ!

 罪のない人が犠牲になっているんだよ!

 私達の本分の質の悪いアナザー討伐を遅らせる訳に行かないじゃないのよ!」


そして圭子さんからもビンタが飛んできた。


「彩斗!お前馬鹿かぁああああ!

 それにジンコはもうすぐアメリカに行っちゃうから彩斗の『OSPDS』も遅らせる訳にはいかないのよ!

 ジンコだって参加したいに決まってるでしょ!」

「そうよ彩斗!

 私だって思い出に!」


ジンコがそこまで言ってから、はっとして口をつぐんだ。


「まぁ…鼻血拭きなよ彩斗…私も『OSPDS』に参加したいわ。」


その場がしんみりとしてしまった。

帰還確率が90パーセント以下のジンコ達の月探査ミッション…。

ジンコが思い出に、と言った言葉に改めて俺達は…。


「ジンコは大丈夫だよ!

 『OSPDS』の後は彩斗の結婚式も待っているしね!

 ジンコは絶対に戻って来るよ!」


忍がそう叫んだまたジンコに抱きついた。


「そうよそうよ!

 忍!さすがに私の妹よ!

 よく言ったわ!

 ジンコは必ず戻って来るよ!

 彩斗の結婚式にも参加してきっとユキのブーケトスもジンコが取るよ!

 ジンコは絶対大丈夫!

 彩斗!鼻血を拭きな!」


司もそう言いながらジンコに抱きついた。


そう、ジンコはきっと生きて戻って来る。

俺達も討伐をしてもきっと誰も欠けない。


俺たち全員が心の中で誓っていた。

そして物凄く慌ただしいスケジュールになったが、アナザーの討伐と俺のフラッシュモブ付きプロポーズを同時進行で進める事になり、プロポーズの場所は『ひだまり』で行う事になった。


2つの作戦の細かい打ち合わせをした後で、四郎とクラと凛夫婦は『ひだまり』に行き、喜朗おじ達に計画を伝える事になった。


質の悪いアナザー討伐と俺のプロポーズ

どちらも遅らせる訳にはいかなくなった。

そして、俺達の今までで一番忙しい日々が始まった。


『ひだまり』ではたまたま話を聞いてしまった隣の中華料理屋の大将と常連の客数名が参加を申し出た。

そして、ユキには『OSPDS』の事を厳重に秘匿しつつ、閉店後の『ひだまり』隠しカメラを仕込み、圭子さんの総指揮の元何度も入念なリハーサルを行い、俺も含めた全員が、死霊屋敷の屋根裏ファンタースマやスケベヲタクファンタースマ達も参加してダンスの振り付けを覚え、何度も段取りを確認しながら必死に練習を繰り返しながら、群馬と栃木の質が悪いアナザーの綿密な情報収集も行い、襲撃の段取りを組み、新たな被害者が出る前に討伐する目算が立った。


そして俺のプロポーズとアナザー討伐は同じ日に決行する事になった。

ユキには夕方にささやかなジンコの送別会を『ひだまり』で行うからと伝え、俺達は当日午前1時に現場に出発、午前中に討伐を終えて死霊屋敷に戻り『OSPDS』の作戦を発動する事になった。


…なんか…ハードスケジュールだ…。


続く

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