第14部 最終部『さよなら こんにちは』編 第1話

「最終噴射!減速!9,8,7,6,5、4,3,2…」


見る見ると画面が月面が近づき、砂が巻き上げられて軽い振動があり、止まった。

そしてもう一度小さな振動が起きてから静止した。

俺達は息をする事も忘れて画面にくぎ付けになった。

誰も言葉を発しない。


「…着陸船タッチダウン。

 軟着陸成功、船内異常なし。

 ダンパー正常に姿勢補正機能作動。

 平衡を保っている。

 気圧正常、計器類すべて正常。」

「こちらステーション、コピー。

 着陸を確認。

 アンノウンからのエネルギー放射確認せず。

 おめでとう、今の所玄関ドアはまだ開いているようだ。」


画面が船内に切り替わった。

ジンコ達が計器類などを確認してから互いに頷くと順番に1人づつ首に付いているハンドルを捻り、ボタンを押して宇宙服のヘルメットを脱いだ。

髪を短く切ったジンコが深呼吸をして空気が正常か確認してから画面に向けて笑顔で親指を立てた。


「みんな、月に着いたわ。

 無事に月に着いたわ。」


しばし沈黙の後、大騒ぎになった。

俺達は歓声を上げてお互いに抱きあい、画面と月に声援を送り、子供達は興奮して互いの手を取り合って飛び跳ね、大人たちは拍手をして立ち上がり、周りの誰彼ともなく抱き合った。


画面が切り替わり小田原要塞になった。

やはりあちらでも歓喜の嵐だった。

岩井テレサも笑顔で飛び跳ね、子供達と手を繋いで輪になって踊っていた。

画面につられて司と忍がミヒャエルの手を握って輪になって踊り始め、周りの子供達も次々と踊りの輪に加わった。


「彩斗!これは乾杯だな!

 ビールをありったけ持ってこよう!

 今ここで一番豊富にあるものだからな!」


喜朗おじが叫び、俺も大いに賛成だった。


その時だった。


自治体の緊急防災サイレンが鳴りだした。


画面では岩井テレサが一瞬上を見上げると厳しい表情になって叫んだ。


「皆!地下に退避!退避して!

 女子供お年寄り優先よ!

 慌てないで!

 装甲シャッターを閉めて!

 職員は全員で避難を確認!」


小田原要塞内部でも独自の緊急サイレンが鳴り始め、アナウンスが流れた。


「ミサイル警報。ミサイル警報です。

 地上施設の全員は地下に避難してください。

 装甲シャッター閉鎖中。

 外にいるものは非常避難口へ向かうように。

 ミサイル警報です…。」


岩井テレサが画面に、俺達に向かって叫んだ。


「皆!逃げて!

 安全な所に逃げて!

 子供達は大人の指示に従って!

 誰も残さないで!

 皆、安全な所へ!」


子供達が一斉にガレージ地下と隣の巨石までの地下避難道に走った。

年若い子供を年長の子供が抱えて走った。

大人たちは子供達を地下に誘導し、年寄りを担いで、抱えて、地下に連れて行く。


「子供達とお年寄り、体が不自由な人を地下へ!

 大人達は子供達の避難を確認してから建物の中へ!

 急げ!」


何人かが転んだが、しかしすぐに助け起こされ、少なくとも子供とお年寄り、体が不自由な人やユキなど妊娠している人達が地下に入った。


残った大人たちは死霊屋敷や俺達の家に入るように指示を出した。


「彩斗!わらわを鐘楼に!」


栞菜が抱いていたはなちゃんが俺に手を伸ばした。

俺ははなちゃんを栞菜からひったくり、死霊屋敷に走った。

死霊屋敷も他の家も窓と言う窓にシャッターが下り始めていた。


自治体防災スピーカーからは今更ながらにのんびりした口調の放送で北朝鮮からミサイル数発が発射されたと伝えている。

置き去りにされた大きなテレビ画面が小田原要塞から切り替わり、臨時ニュースを流している。

北朝鮮が数発のミサイルらしき物を発射したようだった。

俺ははなちゃんをきつく抱いて既に死霊屋敷に避難した人達の間を縫って屋根裏に駆け上がる。

皆が道を開けた。

最期の希望がはなちゃんなのを皆が知っている。

明石と四郎と真鈴が俺の後をついて駆けあがって来た。


「避難訓練をしておいて良かった!

 誰も取りこぼししていないぞ!」


四郎が階段を駆けのぼりながら叫んだ。


俺達は鐘楼に昇り、周囲の空を見回した。

真鈴が手に持って来ていたタブレットを開いた。

ニュースの続報が流れてきている。

テレビスタジオも混乱しているようで、時々ディレクターらしきものの罵声のような指示が飛んでいる中、引きつった顔のアナウンサーが横から突き出された原稿を読み上げているが、微かに声が上ずっていた。


「臨時ニュースです。

 臨時ニュースをお伝えします。

 つい先ほど、北朝鮮トンチャンリを始めとする数か所からミサイルと思われるものが発射されました。

 え~数発…5発の弾道ミサイルが日本の関東方面に向かって飛翔中…しかし軌道を変則的に変えているようで最終的にどちらに向かうか…え?うぇえ!失礼いたしました。

 そして3発の巡航ミサイルが韓国国内に着弾…いたしました。

 核です、核爆発が起きた模様です。

 …現在詳しい場所を確認中ですが国境を越えて侵攻を続ける韓国軍に1発…その他都市部分に2発が…国民の皆さまは速やかに近くの安全な場所、頑丈な、出来れば地下がある建物に避難してください。

 地か床に伏せ物陰に隠れてください窓に近寄らないでください空を見上げないでください慌てずに安全な場所に…。」


顔から夥しい汗を噴き出している男性アナウンサーがしゃべり続けていた。

横からヘルメットが差し出され、アナウンサーが頭に被ったが、その手は震えていた。


周囲の空を見回している明石が唸り声を上げた。


「くそ!あのくそ豚は本当に撃ちやがった!

 核だぞ!核ミサイルだぞ!」

「しょうがないよ人の心を持っていないくそ野郎だもん!

 あいつはきっと原爆資料館に連れてっても、こんなに被害を与えられるんだとよだれ垂らして喜ぶような頭おかしい奴だよ!」


真鈴もそう答えてタブレットを手すりに置いて周囲の空を見回しているがガチガチと歯を鳴らしていて微かに手が震えていた。

それは俺も同じだった。

俺は空を見上げているはなちゃんに尋ねた。


「はなちゃん、どう?

 こっちに向かってくるミサイルある?」

「彩斗、今しがた2発撃墜したじゃの。

 わらわの手を下すまでもなく誰かが撃ち落としたじゃの。

 後3発…これは日本を通り越して明後日の方向に飛んで行くじゃの。

 ここには落ちる心配はないじゃの…じゃが、一つやってみるかの…かぁああああ!

 カタストロヒー!」


はなちゃんが空に向けてジンコの枝を持った手を伸ばし、白目を剝いて顔をかくかく痙攣させた。

相変わらずカタストロフィーの発音は下手なままだった。

こんな事態だけど俺ははなちゃんを投げ捨てたくなるほど、はなちゃんの顔が気味悪かった。


明石と四郎と真鈴がじっとはなちゃんを見つめた。


「あそこじゃの!

 1発ぶっつぶしたじゃの!」


はなちゃんが手を伸ばした南西の方角を目を凝らして見ると、夜空の先にかすかに光が瞬いて、消えた。


「はなちゃん…やったの…?」

「真鈴…真鈴…やったと思う…1発は…やったじゃの…。」


はなちゃんが白目を剝いたまま呟き、がっくりと頭を垂れた。


真鈴がタブレットを手に取って覗き込んだ。

俺達も皆タブレットを覗き込んだ。


アナウンサーが差し出された原稿をバサバサとめくりながらニュースを読み上げている。


「…今入りました最新の状況です。

 北朝鮮が撃った弾道ミサイルと思われるものは2発が日本海海上で自衛隊と米軍が撃墜、1発が成層圏外で恐らく自爆したと確認しました。

 残り2発は軌道を変えて沖縄方面に向けて再突入時に米軍によって迎撃されました。

 迎撃は成功です…。」


俺達の肩の力がどっと抜けた。


「やれやれ、恐らく1発ははなちゃんだろうな。」

「うむ、われもそう思うぞ!はなちゃんでかした!」

「はなちゃん、凄いわ!

 はなちゃん!あれ?寝ちゃった?」

「はなちゃんも力を使ったのだろうなまだその依り代にはなちゃんがいるぞ。

 大丈夫だろう。」


四郎がはなちゃんの顔を覗き込んで言い、明石も頷いた。

だが、はなちゃんを抱いている俺の手には不気味な感触があった。

手か足か…どこかがぬいぐるみの中で折れたか崩れたか…。


「ともかく下に行って皆を安心させよう。」


明石がそう言うと真鈴と鐘楼を降りて行った。


避難した人達がぞろぞろと地下や屋敷や俺達の家から出て来た。

窓のシャッターも開き始めている。

ジンコの中継は中断されたままでテレビ画面には何も映らなかった。

屋敷や地下から出てきた人たちは月をじっと見つめ、中には祈り始める人達もいた。


そして、韓国のソウルとプサンに戦術級の核攻撃があり、大統領が生き残ったかいまだ不明らしく韓国臨時政府が立ち上げられたらしい。


暫くしてから避難民がミサイル騒ぎの数日前から大勢収容されている東京ドームに数千人規模の暴徒が押し寄せ、襲撃をしているとの事だった。

日本各地で今までよりずっと規模が大きい暴動が発生している。

…なんでこんな時に…。


俺は注意深く頼りない感触のはなちゃんを抱いて鐘楼を降りた。

白目を剝いたはなちゃんの左の頬に微かにひび割れが走っていた。




続く

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