第13部 清算の日編 第56話 第13部 最終回

死霊屋敷では夕食の準備に大忙しだった。


「ちょっと彩斗達!

 どこ行ってたんですかぁ~!

 忙しいんだから手伝って欲しいですぅ~!」


洗面器のように大きい器に野菜を切り刻んでは放り込んでいる栞菜が俺達を見て叫んだ。

その横では正平が大きな木のフォークで栞菜にあれこれ注意をされながら野菜を混ぜていた。

キッチンでは全員の料理を作れないので勝手口から出たところに臨時の調理台を作ってあり、ワイバーンメンバーや保護された人達が料理の準備に大忙しに立ち歩いていた。


「栞菜、ごめんごめん、すぐに手を洗って手伝うよ。」

「もう~!

 早く夕食を済ませてジンコの月面着陸を皆で観るですよ~!

 急いで急いでほしいですぅ~!

 あれ…?。」


栞菜が手を止めて真鈴を見つめた。

出来上ったサラダの器を取りに来た凛も手を止めて栞菜と一緒に真鈴を見つめた。


「真鈴…どうしたですかぁ~?」

「真鈴…会ったのね…そして…お別れしたの…?」


栞菜よりヒューマンの心を読めるアナザーの凛が呟いた。

乾との事に気が付いたのだろう。


真鈴が俯きながら小声で答えた。


「うん…でも…これでお別れかどうかは…。」


凛がじっと真鈴を見つめたが、やがて凛が栞菜の脇をつつき、栞菜…あとでね、と小声で言い、出来上がったサラダのボウルを持って行った。

栞菜もそれ以上真鈴に話しかけず、新しいキャベツを取り出すとザクザクと切り始めた。


「真鈴、彩斗、四郎、急いで手伝って欲しいですぅ~!」


俺達は手を洗い、キッチンとダイニングで何人もの母親達と料理を作る圭子さんの指示を貰いに来た。


「あんたたち!

 早く手伝って!

 早く夕食済ませないと!

 あれ?…真鈴…。」


圭子さんも手を止めてじっと真鈴を見たが、やがてウンウンと頷いてそれ以上触れずに俺達に料理の指示を出した。


その後明石にも喜朗おじも、隣の倉庫から解凍が済んだ巨大な肉の塊を担いでやってきたリリーや美々も真鈴に何かが起きた事に気が付いたが、そっとしておいてくれたようだ。


準備が終わり、俺達は夕食を食べた。

今までにない大人数での食事だが、皆が気を利かせて子供のお替わりなどの面倒を見てもらったので和やかでスムーズな食事が出来た。

アナザーの圭子さん達が主に働いて料理を作っているので、やはり美味しい。

皆が美味しい美味しいと言って食べ、圭子さんがジンコからヒントを得た油揚げのおにぎりとナスの味噌汁が好評であっと言う間に無くなった。


食事の最中、俺と四郎は同じテーブルについた明石と喜朗おじ、リリーと圭子さんに巨石の結界で乾と会った事を、乾が『清算の日』について話した事を伝えた。


「ふ~ん、そう言う事か…やはりジンコが月に行くのは何かの必然なのかも知れないわね…。」


リリーが呟いた。

明石が渋い顔をした。


「しかし、あまり殺すな…か…。

 悪い奴らでもあまり殺すなと言われてもな…まぁ、気を付ける事にしようか…。」

「そうだね景行、きっと何か意味があると思うよ。

 オチュアも沢山のヒューマンやアナザーを『清算の日』に立ち会わせてと言っていたからね…あれ?はなちゃんは?」


俺が尋ねると圭子さんが声を上げた。


「あら!忘れてた!

 はなちゃんはまだ鐘楼で見張りをしているわ!

 どこかのクソバカ野郎が核ミサイルを撃って来ないかね。

 誰かが連れて来るとは思ったけど~!」


隣のテーブルで食事を終えた真鈴が立ち上がった。


「あら、みんな忙しくて忘れてたのね。

 私が連れて来る。」


真鈴が死霊屋敷に入って鐘楼に上がっていった。

夕食が終わり、皆が食器を片付け、皿などを協力して洗っている間に喜朗おじとクラ、そして何人かの保護された人達が『ひだまり特製イチゴ特盛ショートケーキ』を何ホールも持って来た切り分け始めると子供達が歓声を上げて大テーブルに集まった。


「はい、慌てない慌てない。

 お前たち全員、俺たち全員分有るから大丈夫だよ~!」


喜朗おじが笑顔で子供達にケーキを切り分けている。

やはり喜朗おじは女好きでありながら子供好きだった。

今まであんな優しい笑顔の喜朗おじを見た記憶が無いなと思った。

そう言えば喜朗おじは明治維新の時、官軍に狩り出され、頭がおかしくなった官軍指揮官に子供を殺せと言う命令に反抗して左足を斬り飛ばされて出血多量で死にそうになったところを明石によって助けられ、アナザーになったのだったな。


夕食の片付けが済み、ケーキも大人も子供も全てに配り終え、俺達はそれぞれ何台かの大型テレビの前に陣取ってジンコの月面着陸を待った。


真鈴がはなちゃんを抱いて戻って来て、長ベンチに座った俺とユキの隣に座った。

ユキは真鈴に声を掛けた。


「真鈴、遅かったわね~。

 ケーキとっておいたから持ってきてあげる。」

「うん、ありがとうユキ。でもお腹大丈夫?私が取りに行くよ。」

「ううん、大丈夫よ。

 皆、気を使い過ぎなのよ~!

 あまり甘やかされるとお産の時大変そうよ~!」


ユキがお腹に手を当てながらも笑顔で軽々と立ち上がり、キッチンにケーキを取りに行った。


「真鈴、遅かったね。」


俺が声を掛けるとはなちゃんが手を上げた。


「彩斗、真鈴とちっと話し込んだからじゃの。」

「え?何を?」

「乙女同士の会話じゃの。」


はなちゃんはそう言って黙ったので俺は何も聞けなかった。


テレビの電源が付き、岩井テレサが現れた。

ジンコの月面着陸の『前座』だ。

先に保護された人達はすでに岩井テレサと直接会っているし、新しく避難してきた人達も俺達の説明で岩井テレサの事を知っている。

岩井テレサがごく簡単に自己紹介をし、岩井テレサの後ろの観客席のような所に沢山の人達が並んでいるのをカメラが映した。

元々の職員たち等の他、新しく小田原要塞に保護された様々な人達がいて、笑顔でこちらを見ている。


「みなさん、ジンコ達の月面着陸を応援している人達がここにもいます。

 小田原から私達もジンコ達を応援します。

 死霊屋敷の皆さんも共に応援しましょう!

 私達からも皆さんが見えているわよ~!」


岩井テレサが言うと、テレビの人達がカメラに向かって手を振り、歓声を上げて俺達に挨拶をした。

ここにある大型テレビの横にも小型カメラがつけられているので小田原の巨大ディスプレイでもここが写っているのだろう。

俺達もテレビに向かって手を振り、歓声を上げて互いに挨拶を交わした。

お互いに子供達が笑顔で手を振り、大きな声を上げて挨拶を交わしている。

大人達もお互いに微笑みを受けべ、頭を下げたり小さく手を振り合っていた。

ここの他にもこういう場所がある事を知って心強く思ったのか嬉しく思うのか感動して泣きだす人達もいた。


そう、俺達は他にも同じ思いを持つ人達が居るんだ。

俺達だけじゃない。

小田原だけじゃなく世界中で同じ思いを持ち、岩井テレサ達の試みを知っている人達がまだ大勢いてジンコ達を見守っている筈だ。

俺達以外に沢山の仲間がいる事を教えてくれた岩井テレサの配慮に感謝した。


「さて、皆さんはもうお判りよね?

 ジンコ達は私達の希望を担って月に降り立つわ。

 この世界を何とかするヒントを持ち帰るためにね。

 私達はジンコ達から38万5千キロ離れたところにいるけど、私達とジンコ達は強く繋がっているわ。

 …月に何かが存在するのはついこの前、確かに確認しました。」


皆が静まり返った。


「そしてその存在が何かを始めようとしている事もね…まだその存在がどういうものなのか私達にはまだ判りませんが、その存在に接触する可能性が高いジンコ達の事をね。

 皆さんに包み隠さず見せる事に決めました。

 正直に言うと…何が起こるか判りません。

 予想しなかったことが起こる事も充分に有り得ます。

 もしかしたら…もしかしたら絶望する事も…皆ががっかりする事も起こるかも知れないの…。

 でも、でもね、私達はジンコ達の勇気ある、とてもとても勇気ある活動を見なければ、見届けなければいけないの。

 どうかそれを判ってください。

 そしてね、私は確信している。

 私は固く信じているわ。

 どういう結果になったとしても…ジンコ達の勇気ある試みはね、とても勇気がある挑戦はきっと、きっと何か大きな意味が有るはずです。

 今、私達の所からも、あなた達の所からも月が見えるはずです。

 ジンコ達を応援してくれると嬉しいわ。」


テレビでは皆が月を見上げてジンコに声援を送っている。

俺達も全員が月を見上げ、小田原の人達とともに月に向かい、ジンコ達に声援を送った。


「皆さんありがとう。

 それではジンコ達の成功と無事に地球に帰って来る事を祈りましょう。

 皆さんの祈りはきっと…きっとね、ジンコ達に届いているわ。

 ジンコ達と皆さんに大いなる幸運を。」


岩井テレサの画面が切り替わり、宇宙に浮かぶ地球の映像が流れた。

そしてゆっくりとカメラが動き、月の表面を映し出した。


月着陸船に取り付けられたカメラ映像だと判った。

クリアに月面が写っている。


月軌道上のステーションと着陸船の通信の声が聞こえて来た。

英語で話されているが、同時通訳の日本語での字幕が画面下に流れた。


ジンコの声も聞こえる。


着陸船は何回か噴射をして月面着陸軌道に乗ったようだった。

着陸船が月に降下しながら何回か姿勢を変えた。

カメラには着陸時の衝撃を押さえるためのダンパー、脚がせり出してゆくのが映った。

更に姿勢を変えたその先には、巨大なクレータの中央部分に大きな山の様な塊が隆起しているのが映り、その麓付近には、様々な色どりの光が満ち溢れているのが見え、俺たち全員が驚きの声を上げ、そして黙りこくりテレビ画面を見つめた。

俺達は初めて月に存在する謎の存在の証拠を目の当たりにした。

カメラが着陸船船内に切り替わり、着陸時に何か事故があった時に備えて宇宙服を着た月面着陸メンバーのジンコ達4人が映った。


「着陸船、最終姿勢制御終了。

 降下速度、安全圏内で安定。

 計器すべて正常値。」


ジンコ達が忙しく視線を動かして計器を見ながらステーションと通信していた。


「ステーション、コピー。

 アンノウンからエネルギー照射無し。」

「着陸船、コピー。

 現在高度3000、2600、2200…」


画面はまた月面に切り替わり、モノクロかと思える程に色彩が無い月の表面がどんどん近づいて来た。

俺達は固唾を飲んでテレビを見つめた。

いつの間にかユキが俺の手を握っている。

俺はユキの手を握り返し、反対側に座っている真鈴の手を握った。

真鈴も俺の手を握り返し、真鈴が隣の保護された母親の手を握った。

そして握られた手の鎖はどんどん長くなって行った。


「着陸船、高度600、41パーセントで噴射開始。

 圧力正常。

 船内異常なし。

 最終アプローチ開始。」

「ステーション、コピー。

 大いなる幸運を。」

「着陸船、コピー。

 大いなる幸運を。」


又船内の画面に切り替わり、ジンコ達が忙しくスイッチ類を操作していた。


「着陸船、最終アプローチ。

 タッチダウンカウント開始。

 100、99、98、97…。」


また月面にカメラが切り替わり、色彩が無い月の表面がどんどん近づいて来た。

俺たち全員が息を止めてテレビ画面を見つめた。






吸血鬼ですが、何か? 第13部 清算の日編 終了



次回 第14部 最終部


さよなら こんにちわ 編


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