第8部 発覚編 第2話

俺達は足音が近づいて来るのを待った。


「ん?何だ?」

「おお!これは!」

「え?どうして?」


四郎と喜朗おじとリリーが不審そうに顔を上げた。

明石が暖炉の間の入り口に立っていた。

悲しみに暮れた顔をしていると思った俺達も明石の顔を見て違和感を感じた。

どう声を掛けようかと思っていた明石は…確かに泣いて目は赤いが…何と言うか少し気まずそうな顔をしていた。

そして…明石の後ろから圭子さんがニコニコキラキラした笑顔で姿を現すと、俺達に片手を振った。


「は~い!

 皆、心配しちゃった?

 ほほほ、ごめんなさいね~!」

「…圭子さん…。」

「…圭子さん…。」

「…圭子さん…。」

「…圭子さん…。」

「…圭子さん…。」

「…圭子さん…。」

「…圭子さん…。」


俺達は異口同音に声を出してじっと圭子さんを見つめた。


「いや…圭子がな…いきなり死ぬの中止と言ってな…。」


明石が少し言いにくそうに言うと圭子さんが明石の体を押してソファに座らせて隣に腰を下ろした。


「あら!喜朗おじ、気が利くわね~!

 う~ん!

 このコーヒー美味しい!凄く美味しいわ!

 悪鬼になると味覚が鋭くなると景行が言ってたけど、あんたたちこんな美味しい物を飲んでいたのね!

 なんか悔しいわぁ~!

 あらリリー!また会えたわね!

 戦争は無事に終わった?

 皆、無事だった?」


ソファにどっかりと座り、コーヒーを美味しそうに飲みながら笑顔でリリーに声を掛ける圭子さん。


「ええ、なんとかね…少し被害があったけど、ワイバーンの全員は生きて戻って来たわよ。」


リリーが複雑な笑顔で圭子さんに答えた。


「そう…亡くなった人もいたのね。

 残念だわ。

 こっちは護衛の人も死んでしまったのは残念だったわ…司も忍も懐いていたのにね。」


少ししんみりした感じで圭子さんは言った。

…いやいや俺達は圭子さんの死をここで悲しんでいたのだが…。

暖炉の間は上手く口に出せない微妙な空気が漂っていた。

俺達は今の感情をどう表現したらよいのか…。


「いや…圭子がな…じっと俺の顔を見つめていたらいきなり、『死ぬの中止』とか言って今わの際とは思えない素早さと力強さで俺の手に噛みついてな…『ほっほっほっ!あんた、早く悪鬼にしてよ』と言ったので…。」


そこまで言うと明石はコーヒーを一口飲んだ。


「ほっほっほっ!

 なんか景行の顔を見ていたらね~!

 こんなハンサムな男がこれからの人生を女ッ気無しで生きて行くなんて信じられなくなったのよね~!

 若い妻を亡くした男なんて、こぶつきでもモテるのよ~!

 お前が俺の最後の女なんてさ、ちょっとね~!

 だから私は最後の女じゃなくて『景行の永久の女』になる事を決めたのよ。

 それに司や忍だってこれから小学校卒業中学入学卒業、高校入学卒業、大学入学卒業、成人式とかイベントが沢山あるじゃないのよ!

 ひょっとしたら髪の毛染めてヤンキーになったりしてもそれはそれで面白いしね~!

 早めに孫の顔を見れるかも知れないしさ!

 これを見逃さない手は無いわよね~!

 と言う訳でこれからもみんな宜しくね~!」


満面の笑顔で俺達に言う圭子さんだった。

俺達は何とか笑顔を浮かべて口々によろしくお願いしますと答えた。


「なによ~!皆、反応が薄くない?

 喜朗おじ、コーヒーのお代りくれる?

 後、私お腹すいちゃったの。

 キッチンにみんなが帰って来てお腹が空いてたらと思ってサンドウィッチ作って置いたのよ。

 それも持って来てくれる?

 あ!司!忍!目を覚ましたね!

 こっちおいで~!」

「あ!ママ!あいつらぶっ殺したの?」

「そうよ!もう大丈夫だからね~!

 2人ともぶん殴ってごめんね~!」

「痛かったよママ!」

「私もすごく痛かったよ~!」

「お~ごめんね!

 よしよし!」

「ま、まぁ、色々あったが一応めでたしめでたしと言う事で、コーヒーのお代りとサンドウィッチをとって来よう。」


喜朗おじがぎこちない笑顔を浮かべて立ち上がった。


「俺も手伝うよ。」


そう言って俺も立ち上がると圭子さんは司と忍を抱いたまま俺に言った。


「そうね、二人の方が早いからね、彩斗君、サンドウィッチ先に持って来てね!

 お腹ペコペコなのよ!」


俺と喜朗はキッチンに向かった。

反応が薄い?

当たり前の事だと思う。

とても親しい人が大怪我を負うか病気で死にそうになり、さんざん悲しい思いをして涙をこらえながら枕もとにいた挙句に医者がご臨終ですとか言って涙爆発!の直後に『やっぱり死ぬのやめた!』とか言いながら体をむっくりと起こして晴れやかな笑顔でお腹が空いた!とか言われたら、君たちはどうするんだね!

そりゃあ嬉しいよ!

嬉しいに決まっているけれどね!

でも、反応に困るよね!

何か情緒的にさ!嬉しいんだけどね!


「う~ん、こんな時に不謹慎な事を言うようなんだが、少しだけ困った事態になったな。」


喜朗おじがコーヒーを淹れながら呟いた。


「喜朗おじ、何?」

「彩斗、圭子さんが悪鬼になったんだぞ、つまりだな…見える事になったと言う事だ…。」

「うんそうだね…死霊が見え…あ!ああ!

 ヤバい!喜朗おじ!それはヤバいよ!」


俺は声を上げてしまった。

屋敷の死霊などは慣れてもらうしか無いが、問題は『ひだまり』を大繁盛させているスケベ死霊の群れの事だ。

今、屋敷から近い新しい場所に『ひだまり』開店準備を進めていて俺達はスケベ死霊達の誘致準備も進めている所なのだ。

既にスケベ死霊のボス格の奴らと移転について話し合っている。

まぁ、その時に過度な接触や加奈達のスカートの中に顔を入れて匂いを嗅ぐなどの度を過ぎた行為は禁止と言う事や派閥の違いからの乱闘を押さえる事、多くの客を連れてきた死霊は加奈達とチェキを撮って壁に飾るなどの特典を用意したりと交渉は順調に進んでいるのだが、そこに死霊が見えるスケベな物に潔癖症なきらいがある圭子さんが来たら…。


あのね君達…俺達だって悪鬼の討伐と訓練をしているだけじゃ無いんだよ!

色々と日常でこまごまとやらなきゃならない事がてんこ盛りなんだよ!

俺たちだって凄く色々と忙しいんだよ!

判ってくれよ!誰か手伝ってくれよ!


「うん、いきなり現状を見たら圭子さんはブチ切れるだろうからな、スケベ死霊達も圭子さんを恐れて逃げ出してしまうかも知れん。

 俺達もどんな目に遭わされるか…なんとか事前に上手く説明をせねば…殺されるかもしれん…。

 悪鬼の中には一種の視覚聴覚障害と言うか、死霊が見えなくて声も聞こえない者も少数だがいるんだが…。

 圭子さんはどうかな…。」


俺はトレイにサンドウィッチを乗せながら新たな嵐が来る予感がした。

『ひだまり』は収益物件の家賃収入と共に今は俺達の安定した収入源になりつつある。

何としても死守せねばならないのだ。

俺の心の安らぎの場所でもある。

ユキと言う恋人が出来ても、やはり加奈や真鈴やジンコ達のエロい制服姿とうまい料理は必要だ。

浮気じゃないよ。


…これは決して浮気なんかじゃないよ、ユキには内緒だけどね。

『ひだまり』の存続、その為にはあのスケベ死霊達は無くてはならない存在なのだ。

もしも圭子さんが喜朗おじが言う一種の視覚聴覚障害を持っていれば何の問題も無いのだがそれは期待薄だろう。

新たな難問に頭を抱えながら俺はトレイに乗せたサンドウィッチを暖炉の間に運んだ。

時間的にはいち早く解決しなければならない問題だ。

暖炉の間にトレイを運んでゆくと圭子さんは嬌声を上げてサンドウィッチを手にとって凄い速さで平らげていった。


「そうなのよね、別物、悪鬼になった直後はお腹が空くのよ~。」

 

リリーが物凄い速さでサンドウィッチを食べる圭子さんを見て呟くと、四郎達悪鬼がうんうんと頷いた。


「うむ、リリーもアポイエルの長老のテントでは食べ物をむしゃむしゃ食べていたな。

 長老達はその事を知っているようでつぎつぎと食べ物を運んできてくれたが。

 われもポール様に悪鬼にされた時に隣の部屋にごちそうが並んでいたしな。

 すべて平らげてしまった物だ。」

「うん、喜朗おじも悪鬼となって蘇った時は子供達に何でも良いから食い物を持って来てくれるように頼んだしな。」


圭子さんがサンドウィッチを食べる手を止めて立ち上がり暖炉の間の入り口を見た。

振り返ると榊が連れて来た司と忍の護衛の4人の死霊が申し訳なさそうに立っていた。


「この度は力及ばず…申し訳ありませんでした。」


一番年かさの男の護衛が4人を代表してそう言うと4人は深々と頭を下げた。


死霊が見えない真鈴、ジンコ、加奈、司、忍は何の事か判らない顔で圭子さんを見つめている。


圭子さんがサンドウィッチをテーブルに置いて護衛の4人にお辞儀をした。

死霊が見える俺と四郎と明石とリリーも立ち上がって4人を見た。


「とんでもないわ。

 あなた達が体を張って奴らと戦ってくれたから司も忍も命が助かったし、私が悪鬼として蘇る事も出来たわ。

 こちらこそ、命掛けで戦ってくれてありがとうございました。

 あなた達が頑張って奴らを減らしてくれたから…どうか安らかに過ごしてください。」


圭子さんが深々とお辞儀をした

俺達も護衛の死霊達に深々と頭を下げた。

リリーが死霊達に言った。


「お前たちの奮戦は岩井テレサに伝えて置くぞ。

 よく頑張ってくれた。

 命を懸けて彼女たちを救ってくれてありがとう。」

「こちらこそありがとうございます。

 あなた達を護衛出来て光栄でした。

 それでは、昔の仲間が迎えに来ていますので、失礼します。」


護衛の4人は敬礼をして昇って行った。

俺達も敬礼をして護衛達を見送った。

確かに彼ら彼女らが奮戦しなければ司も忍も助からなかったかも知れないし、俺達はまだ圭子さんの死を悲しんでいたかも知れない。


…しかし…これで圭子さんが死霊をはっきりと見て会話が出来る事が判った。


やれやれ…。







続く

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