第1部 復活編 第4話

マイケル・四郎衛門と名乗る吸血鬼はまさに鬼の形相で俺と処女の乙女を交互に睨みつけた。

実物の吸血鬼が本性を見せてカミングアウトした事とその名前があまりにも…と言う極めてシュールな展開に俺は精神が崩壊、発狂してよだれを垂らしおしっことうんこ漏らしてゲラゲラ笑いだしそうになる予感を感じた。


どうしようどうしようどうしよう…このままでは笑いの発作を起こしてこのマイケル・四郎衛門…プッ…がさらに激怒して食い殺されてしまうかも知れない笑っちゃだめ笑っちゃだめ笑っちゃ…


処女の乙女も吸血鬼の本性を見せたマイケル・四郎衛門を見つめて固まっているがこわばった顔の頬から顎にかけての筋肉が著しい緊張を見せ、そして唇を強く嚙み締めて顔が赤くなっている事から、やはり俺と同じで発狂笑いの発作を起こす事を何としても食い止めようとしている事が感じ取れた。


もはや俺達の命はマイケル・四郎衛門というファンシーな名前の吸血鬼の気分次第と言う事だろう。


逆らっちゃだめ怒らせちゃだめ逆らっちゃだめ怒らせちゃだめ…そして笑っちゃだめ、俺も処女の乙女も笑ったらきっと殺されるよ笑っちゃだめ…。


固まっている俺と処女の乙女を睨みつけていたマイケル・四郎衛門は急に普通の人間の顔に戻りテーブルに突っ伏した。


「うあああ~疲れる~この顔すると疲れるんだよな~」


そしてコーヒーを一口飲んで椅子にもたれかかりため息をついた。


「あのう…俺たちを…殺して血を吸ったりしないんですか?」


マイケル・四郎衛門はきょとんとした顔で俺と処女の乙女を見てから苦笑いを浮かべた。


「なんで?」

「だって…本物の吸血鬼でしょ?」

「そうだよ。」

「それなら…」


マイケル・四郎衛門は遠いまなざしになり、またコーヒーを一口飲むと深いため息をついた。


「そうなんだよな~。

 人間は吸血鬼だと判ると恐怖のあまり手に手に松明を掲げ、槍や剣や斧や割れた瓶とか汚れたおむつなどを振りかざして襲い掛かってきたとの事だ、まぁ、凶悪な者も中にはいるがかなり誤解しているところもあるな…」

「…」

「われは吸血鬼となったが、そもそも吸血鬼とは人の血を吸わないと生きてゆけない訳ではないし、普通の人間の食べ物から生きる栄養を取っている。

 逆に人の生き血だけで生きて行けと言われても、それでは栄養失調になるのだ。

 どういう訳か吸血鬼と違う悪鬼達と混同されてありもしない迷信が色々と流布されていつの間にか吸血鬼は極悪非道な悪の権化とされてしまった」

「じ、じゃあ十字架を当てられるとやけどを負うとか…」

「迷信迷信」


マイケル・四郎衛門は手をひらひらとさせて笑った。

俺は首にかけた「吸血鬼撃退用早打ち十字架(アマゾン39000円)」を外してテーブルの上に置くと覆いを外した。


「これ、触れます?」


マイケル・四郎衛門は躊躇なく十字架の上に手を置いた。

焼ける音もせず煙もたたず、マイケル・四郎衛門は涼しい顔をしている。


「じゃあじゃあ、ニンニクはどうなんですか?

 やっぱり嫌いなんでしょ?」


処女の乙女が口をはさんだ。

俺はポケットからニンニクの大玉を取り出してマイケル・四郎衛門の前に置いた。


「全然平気だよ。」


マイケル・四郎衛門がニンニクを手に取った。


「信じられません平気なら齧ってみてください。」


処女の乙女が疑い深そうに言った。

マイケル・四郎衛門は一瞬うぇっとした顔をしたが、真剣に自分を見つめる処女の乙女の視線に押され嫌そうにニンニクのひと粒を取り分けてうす皮を剥いて半分ほど齧った。


「うぇっ!辛いよ」


マイケル・四郎衛門は嫌な顔をした。


「やっぱりニンニクは弱点なんですね!」


処女の乙女が勝ち誇ったように言ったがマイケル・四郎衛門は齧ったニンニクを飲み込んで口直しにコーヒーを飲んだ。


「おまえ、バカだろうか!

 人間だって生のニンニク齧れば辛いに決まってるじゃないか!

 火を通せば大丈夫だし、われはニンニク入りの料理は好きだぞ!」


確かにマイケル・四郎衛門の言ってることは筋が通ってる。


「じゃあじゃあ、心臓に杭を打ち込んだらやっぱり死にますよね?」


俺はベルトに挟んだ「吸血鬼退治用トネリコの杭木槌セット(アマゾン52800円)」をテーブルに置いた。


「この野蛮人ども!

 心臓に杭を撃ち込んだら人間だって死ぬだろうが!

 心臓に杭を撃ち込んでも死なない人間がいたらここへ連れて来い!」


確かにマイケル・四郎衛門の言ってることは筋が通ってる。

俺と処女の乙女は何と言うかうまく説明できない失望感に襲われて少し俯いてコーヒーを飲んでため息をついた。


頼みにしていた吸血鬼退治の武器はほとんどすべて無力と言う事になる。

そして、吸血鬼に対して俺が抱いていたロマンと言うか、幻想と言うか、そういう物が少し薄れた感じで寂しく感じた。


「あああ!太陽の光!やっぱり日光を浴びれば灰になるんでしょ?

 絶対そうですよね!」


処女の乙女が活路を見出した。


「平気。

 ただし人間と違って日焼けはしないよ。

 …君達…そんなにわれを殺したいの?」

「いやいやいやいや、そんな事はありません。」


慌ててかぶりを振る俺と処女の乙女をうんざりした眼付きで見ながらマイケル・四郎衛門はコーヒーを飲んだ。


「あ、え~と、間違った伝承を正したいなぁ~と思って…」

「私もマイケルさんの事もっと知りたいな~と思って…」


愛想笑いを浮かべる俺達をマイケル・四郎衛門は胡散臭げに見た。


「…朝まで待つ?」

「あ、寝室にそれを確かめる物があります、良かったらお願いしたいのですが…」


マイケル・四郎衛門はしばらく俺を見た後でため息をついて立ち上がった。

マイケル・四郎衛門、俺、処女の乙女の順に寝室に向かう。

廊下の途中に大きな姿見の鏡があるのを見た処女の乙女が言った。


「あのう、鏡に映らないと言う事は…」

「ああ、迷信迷信。」


マイケル・四郎衛門は姿見の前に立ち、着ている服がボロボロになっているのを見て顔をしかめた。

その姿はしっかりと鏡に映っていた。


「鏡に映らないと髭を剃ったり服のチェックが出来ないじゃないか…ところで着替えとかあるかな…この格好じゃ…」

「後で用意します。

 ささ、寝室に行きましょう。」


寝室に入り俺はポケットのリモコンを押して部屋の四隅に設置された強力な紫外線ライトを点灯させた。


「うわっ!眩しいなおい!」


マイケル・四郎衛門は目の前に手をかざして強力な光を防いだが、その体からは煙も上がらず少しも熱がらず平気だった。


「これで良いかね?」


マイケル・四郎衛門は俺に尋ねた。


「はい、大丈夫です。」


しかしこれは…あの人間離れした再生力と素早さや怪力…無敵じゃないか…

ひょっとして俺は人類最大の敵を復活させてしまったのではないかと、身を震わせた。

マイケル・四郎衛門はごほんと咳払いをしてから少し言いにくそうに言った。


「あの…トイレ借りて良い?」






続く


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