第12部 黎明編 第33話

夕食を済ませ、真鈴と栞菜以外のメンバーで夜のトレーニングを終えた俺達は暖炉の間で寛いでいた。


ジンコが髪をバッサリと切りショートカットにした事は『ひだまり』でもかなりの話題になったようで。若い客達はジンコの新しい髪型を好意的に迎えられ、やはりお年寄りの女性客達はジンコが失恋したのかと心配したそうだ。


今ジンコは明日の『ひだまり』眼鏡ちゃんキャンペーン用の伊達眼鏡をかけて、俺達に、どう?似合ってる?と聞いている。


凄く…凄く似合ってて俺は何故か顔が赤くなった。

この場にユキが居なくて良かったと思っていると、入り口ゲートのブザーが鳴り、開いたゲートから栞菜のRX-7が帰って来た。


「やれやれ、加奈…栞菜は帰りが遅すぎるんじゃないか?」


栞菜の父親代わりの喜朗おじがぶっちょう面で言った。

とっくに死んでいて死霊になり、岩井テレサの組織が精巧に作りだしたボディに憑依している栞菜でも喜朗おじにとっては心配なんだろう。

俺達は微笑ましく喜朗おじの顔を見ていると栞菜が暖炉の間に入って来た。


「ふわぁ!ただいま~!

 楽しかったですぅ!

 Rちゃんのチューンも完璧でしたぁ!」

「栞菜、ちょっと帰りが遅いんじゃないか?

 全く年頃の娘が…。」

「喜朗父!

 栞菜はもう立派な大人ですぅ!

 誰かコーヒーを下さいですぅ~!」


まぁ、確かにそうだろうな…栞菜はもう20過ぎだし…。

しょんぼりとした喜朗おじを笑顔で見つつ圭子さんが栞菜にコーヒーを淹れに行った。


「あ、彩斗。

 ちょっとスマホを貸して欲しいです。」


何だろうと思いながら栞菜にスマホを渡すと、どこかに電話を掛けている。

岩井テレサの組織に電話をしているようだ。

栞菜はワイバーンの符牒を言った後で純と話しているようだ。


「わかりましたぁ!

 折り返し電話をくれるのですね!」


栞菜は通話を切り、スマホは持ったままだった。


「純から折り返し電話が来るから彩斗、もう少しスマホを貸して欲しいですぅ。」

「ああ、別に良いよ。」


栞菜はソファに座り、圭子さんが持って来たコーヒーを一口飲んだ。


「ふわぁ!やっぱりここと『ひだまり』のコーヒーは最高ですぅ!」

「ところで栞菜…正平君とは…どんな感じだった?」


圭子さんが尋ねるとその場にいた全員が興味深そうに身を乗り出して栞菜の言葉を待った。

やはりみんなが気になるのは栞菜と正平の部分だろうなうんうん。

俺もそう思いながら身を乗り出して栞菜の言葉を待った。


「え~正平ですか~?

 あ、ちょっと待ってください、今純から電話が来ましたぁ。」


俺達はちっと小さく舌打ちをしてコーヒーカップに口を付けて栞菜の電話が終わるのを待った。


「あ、純さんですかぁ?

 栞菜ですぅ。

 ちょっと同じボディを持つ者として訊きたい事が有るんですけどぉ~。

 はい、あの~エッチってこの身体でどうすれば良いのですかぁ?

 そうですぅ、一人エッチじゃ無くて男の人とエッチする時ですぅ~。」


吹いた。

吹いた。


吹いた吹いた吹いた吹いた俺たち全員がコーヒーを吹いてしまった。

クラと凛夫婦などは顔を見合わせた途端にコーヒーを同時にお互いの顔に吹いた。

喜朗おじなどは盛大にコーヒーを吹き、むせたのか苦しげに喉を押さえて身を捩ってもだえ苦しんだ。

唯一コーヒーを飲まないはなちゃんが腹を抱えてウキャキャキャ!と笑い転げていた。

司と忍が家で寝ていて本当に良かったと思った。

むせたからどうか判らないが、恐らく栞菜の言葉が心に突き刺さったのだろう、喜朗おじの目からは涙が滝のように流れ出ていた。

うんうん、その気持ち、何となく判るわぁ~。


「え?人間とほとんど同じですかぁ?

 あの、栞菜は人間の時にエッチした事が一度も無いから良く判らないですぅ~。」

「栞菜!そんな話はよそでやれぇええええ!」


喜朗おじが叫んだ。


「あ、はいはい、今ちょっとうるさいのがいるから少し場所を移動します~。」


栞菜は通話したままスマホを手に取りコーヒーカップを持ってダイニングに歩いて行った。


「ああ、はい、男の人のあそこが大きく固くなるのは栞菜でも知っていますよ~、え?

 それをわたしのあそこに…ふんふん、なるほどあそこから潤滑油が自動的に出るんですね~なるほどなるほど~。」


栞菜は際どい会話をしながらダイニングに消えた。

やはりまさに栞菜は天然女子だ…。

栞菜はド天然女子だった。

喜朗おじが号泣し、苦笑を浮かべた明石夫婦たちに慰められていた。

はなちゃんは床に転げ落ちて床を叩きながらまだ笑い転げていた。


「うきゃきゃきゃ!

 人間とは面白い物じゃの~!」


「ただいま~なんか面白そうな騒ぎね~なに~?

 あ、ジンコ髪を切ったんだ!

 なかなか似合っているわよ~!

 その眼鏡も素敵ね~!」


栞菜の騒ぎで俺達は真鈴が帰ってきたのに気が付かなかった。


「あ、真鈴!おかえり~!

 乾とドライブどうだった?」


俺達の興味は真鈴と乾に移った。


真鈴はソファにドスンと腰を下ろしてタバコに火を点けた。


「うん、誰かコーヒーをくれるかな~?」


また圭子さんが真鈴にコーヒーを淹れに行き、残った俺達は興味津々に真鈴を見つめた。

ただならない興味に晒されたのを感じた真鈴が慌てていた。


「何よ何よ何よ、ちょっと皆気持ち悪いよ~!」

「真鈴、当たり前でしょ!

 あんた今日乾とデートしてこんな夜遅くに帰って来たんだから!」

「ジンコ違うよ!

 ドライブ!

 ただのドライブだよ…そりゃあ、夜景がきれいなところとか言ったけど…。」

「それで!

 それでどこまで行ったの!

 答えないともうアンタのバックを守らないわよ!」


何だ何だ何だ、ジンコが顔を真っ赤にして真鈴を問い詰めている。


「何よ何よ何よジンコ!

 …そ、そりゃあ…夜景も奇麗だったし美味しいご飯をおごってくれたしね…キスくらいは…。」


真鈴の言葉に俺たち全員がほぉおお~!と声を上げた。


「ちょっとちょっとちょっと!

 キスって言っても私のほっぺたにチュッとしただけだよ!

 その後すぐに乾がゴメンって謝ったから許してあげたけどね。」

「それで!それで次はいつ会うんですかぁ!」


凛が身を乗り出して真鈴に尋ねた。


「いや、次の約束はしてないわよ。

 また暇が出来て気が向いたらって答えただけよ。

 今度が有るかどうかなんて判らないわ。」


俺たち全員がふ~んとため息をついた。


その場に栞菜が戻って来た。


「彩斗、スマホサンキュウ―ですぅ。

 色々聞いたけど結構エッチって面倒くさいですねぇ~。

 細かい所は私のボディの使い方説明書の681ページから825ページに書いてあると言う事ですよ~。」


そう言えば栞菜が新しいボディを手に入れて戻って来た時に分厚い説明書を持っていたな…。


「なに、栞菜、なんか面白そうね。」

「ああ、真鈴、戻っていたですね!

 お帰りなさい。

 正平は良い奴だから付き合ってあげても良いかな~!

 と、思ったですぅ~!

 けど、正平がやたらにエッチしたがったけど、私のボディがどんな風になるか良く判らなかったから、キス以上の事をしたがる正平をぶん殴って気絶させて深海オートまで送って行ったですよ~!

 でも、正平とてもよい奴だから…これから説明書読まないといけないからあとで話すですぅ。」


そう言い残すと栞菜は自分の家に帰って行った。


「皆…俺は…これから出かけてくるよ…クラ、もしも俺が明日の開店に間に合わなければお前が店を頼むよ…。」


喜朗おじがふらふらと立ち上がるとそう言い残してよろよろとガレージに向かって歩いて行く。


「喜朗おじ、こんな夜遅くにどこに行く?」


明石が尋ねると喜朗おじは蚊の鳴くような声で「女友達の所…」と言い残して出て行き、やがてハイエースが死霊屋敷から出て行った。

やれやれと思いながら俺達は今夜は解散する事になった。


俺とジンコは洗い物当番でキッチンに行き皆のコーヒーカップなどを洗った。


「ジンコ、どうやら真鈴と乾は少しは進展するのかな?

 だけど…真鈴はその…処女なんだろ?

 俺が心配してもしょうがないけど、そっちの方はどんなんだろう?」


俺が言うとジンコはキッチンにもダイニングにも誰もいない事を知っているのに周りを見回してから、俺に小声で言った。


「もうね、彩斗は本当に今でも真鈴が処女なんて思っているの? 

 おめでたい奴ね~。」


ジンコがため息をついた。


「え?」

「真鈴はね…小野先輩ととっくに処女卒業していたわよ。

 真鈴のかか様のお京さん公認でね…あの小野先輩は見所があるから絶対に逃がしちゃ駄目だと言われて…後で真鈴は私に怒涛の4日間と言っていたわよ。

 まぁ、小野先輩も初めてだったから色々大変だったらしいけどね…なんか…凄い表現すると…あの4日間でおサルのようにヤリまくっていたわ。」


俺は洗っていた誰かのコーヒーカップを落として割ってしまった。





続く

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