【第20話】マッチング・バニー
「それで、ツキウサギさん、俺の〝記憶探し〟の件だけど」
「んん? ああ、そういえばその話でしたね。──です、できますよ」
「できるんだ……」
事もなげに言うツキウサギに、波止場は感心半分、呆れ半分の溜息を漏らした。
このバニーガールは、いつも大事なことを出し惜しみする。
「それが波止場様のお望みとあらば、希望コンシェルジュとしては最大限その希望が叶うよう橋渡しをしてみせます。
──ですが、私たち《NAV.bit》が叶えるのはあくまでパンドラゲームによる希望の成就。波止場様がご自分の〝記憶探し〟を《NAV.bit》に願うならその先には──〝希望を賭けたゲーム〟があるものと思ってください」
「ゲームで勝って初めて相手に希望を叶えてもらえる、そういうこと?」
「です。それともう一つ、マッチングの問題もあります」
ツキウサギはフォークとナイフを左右に立てて、こう説明を続けた。
「波止場様が櫃辻様とマッチングできたのは、お二人の希望がマッチしていたからです。
波止場様を〝なんとかできる〟櫃辻様と、櫃辻様の〝彼氏〟にぴったりだった波止場様。お互いが欲するモノをお互いが所持していたからこそ、出逢うことができたわけです。
もし仮に櫃辻様が〝リッチで甲斐性のある超イケメン彼氏〟を希望していたならば、波止場様がどれだけ〝櫃辻様のヒモになって自堕落な生活を謳歌したい!〟と切望しようとも、マッチングは成立しません。
パンドラゲームでは──〝相手が希望するモノ〟こそがチップになりますからね」
「……なんか不当にディスられた気がするけど……。要は、何かを叶えようとする場合、俺自身もその誰かが希望する何かを持ってないといけない、ってわけだ」
「逆もまた然りです。人にせよ物にせよ手がかりにせよ、なんらかの形で波止場様の過去に関わっている人物でなければ、マッチングしたって意味ありませんからねー。
……まあ、波止場様の〝記憶〟を直接持ち歩いているような人がいれば、話は別ですが」
ツキウサギは口休めにハーブティーに口をつけ、ほぅ、と一息つく。
「全然思い出せない記憶を思い出すより、俺を知ってる人を探す方が現実的だ。それができるならありがたい。けど──俺に賭けられるようなモノ、あるのかな……」
「さあ、どうでしょう。私たち《NAV.bit》は希望を繋ぐ架け橋にはなれても、片想いのキューピットにはなれませんからねー。
……ま、そこは合ってからのお楽しみです」
「そうそう。こうして一度は櫃辻とマッチングできてるんだし、何もないことはないよ」
正味のところ、波止場は未だパンドラゲームに関しては懐疑的なスタンスだった。
とはいえ《NAV.bit》が持つ超常的な力が自分と櫃辻を惹き合わせたことは確かであり、その超常の出処が仮想世界というファンタジーの園であると理解した今では、もっと素直に物事を受け入れてみたらどうだ、と脳裏に訴えかけてくる声もある。
総ての夢と希望が叶うというこの街の奇跡──
賭けてみる価値は大いにあるだろう。
「……解ったよ、やるよ。ツキウサギさん、俺の希望をまた聞いてくれるかな?」
主が新たに踏み出した一歩に、
ツキウサギは不敵な笑みを浮かべて応じる。
「です。波止場様が失ってしまった〝記憶探し〟──それでよろしかったですか?」
「ああ。俺の記憶に繋がることならなんでも」
です、ともう一度頷くと、ツキウサギはテーブルの上に身を乗り出して──というよりはもうほとんど宙に浮いていたが──額と額がくっつく距離まで波止場に迫った。
「では──波止場様の記憶へと通じる
オッドアイの双眸から零れた光が、まるで催眠術かのように波止場を幻惑する。
真っ白な空間。数字と
波止場の希望が、コスモスネットワーク上に
「……で、どう? ツキウサギさん?」
しばらく瞑想に耽るように瞼を閉じていたツキウサギだったが、波止場はすぐにそれが無為に終わったのだと察した。
やがて彼女は、肩を竦めて検索の結果を報告する。
「……ふむ。残念ながら。今のところ該当するマッチングはありませんね」
「そっか……まぁ、そう上手くはいかないよなぁ……」
「がっかりするのはまだ早いよ、ポッポ君! 櫃辻もまだマッチングできてないキープ中の希望がたくさんあるし、気長に待ってみるのも夢を叶える一つのコツだよ?」
珍しく期待があった分、肩透かしを食らったような失望があった。そのせいか、前のめりに励ましてくれる櫃辻の言葉も今はどこか空虚に聞こえて──
「……待つ、か……。待ってる間に全部台無しにならないといいけど……」
「ん? 台無しって?」
ふと自嘲気味に漏れた独り言に、櫃辻は疑問符を浮かべて首を傾げる。
「──あ、いや、何でもないよ! そうなる前になんとかしたいな、って話……!」
つい滑らせてしまった口に慌ててチャックをする波止場。そんな主を横目にじとっと見てくるツキウサギからも目を逸らしつつ、取り繕う言葉を求めてメニュー表を指差した。
「それより、俺が頼んだプリンがまだ来ないんだけど。どうしたのかな」
露骨すぎるかな、とは思ったが、事実気にはなっていた。幸いにも櫃辻はそれ以上深掘りしてくることもなく、プリンの行方を追って視線を巡らせている。
「そーいえばそうだね。三人一緒に頼んだのに……櫃辻もう食べ終わっちゃったよ」
「忘れられてるんじゃないですか? さっきまでの私みたいに」
「……まだ言ってる。別に、忘れてたわけじゃない」
「でも、ポッポ君ならありえるかも。一人だけ頼んだのが来ないって不運も」
そんなまさか、と不安になった波止場が店内の方へと身体を捻ると、視線の先に、丁度こちらのテーブルにやって来るウエイトレスの姿が見えた。大事そうにトレーを両手に抱え持っていて、慌てているのか、その足取りは危うい。
そして案の定──
「お、お待たせいたしました! お客さ──まッ!」
あっ、と思ったそのときには、ウエイトレスはお手本のような転び方でトレーを宙に放り投げており──あっ、と視線を落としたそのときには、運ばれてきたばかりのプリンがお皿の割れる音に続いて、べちゃ、とクリームと共に床に飛び散っている。
「あっ、もしかしてポッポ君が言ってた『台無し』って、こういうこと?」
「……そんな伏線回収はない」
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