【4章】神がかり的ラッキーガール

【第16話】ニューゲーム・ニューライフ

 六號ろくごうの空に雲一つない晴天と回路図形ダイアグラムを描き出した気象パネルに、『五月・初夏』に設定された心地よい太陽が昇っている。


 その下を、今後確定した『お天気スケジュール』をモニターにてお知らせする飛行船が、無謬むびゅうの空に轟々と重低音を響かせ飛んで往く。


 時刻は午後一時二〇分。

 世界を脈々と巡るコスモスネットワークにも乱れなし。

 

 電脳の箱庭──拡張都市パンドラは、今日も平常通りに運行している。



 # # #



「──うん、イイね! 新衣装もバッチリキマってるよ、ポッポ君!」


 六號第四区にある若者向けのブティックにて。

 試着室から出てきた波止場を見て、櫃辻は得意満面の笑みでそう言った。


 新調したばかりのミリタリージャケットに、上下ともにカジュアルに落ち着いたコーディネート。約一時間半かけて櫃辻が選んだだけあって、なかなか様になっている。元々素材は悪くないのだろう。


 あとは──


「目元のくまはメイクでなんとかできるとして、おじいちゃんみたいな前屈みスタイルは……整体師案件かなぁ。それよりEP使って肉体改造しちゃった方が早いかも」


「……っ、いいよ、そこまでしなくて。どうせ記憶失くす前からこんな調子だったんだろうし。それにこの調子だと、街を回る時間もなくなっちゃうよ?」

「あ、そだね。ごめんごめん。こうやって男のコの服一緒に選ぶの初めてだったからさ、つい一人で楽しんじゃったよ」

 

 照れくさそうに頭のお団子を撫でる櫃辻を前に、着せ替え人形も同然となっていた波止場は、疲れた表情をほっと緩める。


「それよりこの服、ホントにもらっていいの? 俺……いまマジでお金ないよ?」

「イイのイイの、彼氏のコーディネートの面倒見るのは彼女の特権だし」

「彼氏じゃないけど」

「未来の、だよ。それに櫃辻、このエリアの〝VIP〟だから」

 

 そう言って得意げに櫃辻が宙に取り出したるは一枚のカード。まさに『VIP』と書かれたそのカードを見るや、ブティックの店員はにこやかに手を振った。

 



 波止場たちが訪れていたのは、六號第四区にあるカジュアルな雰囲気の繁華街だった。


 通称、ミライストリート──

 櫃辻曰く、駅チカで学生に人気の寄り道スポットとのことで、周辺を彩るホログラムや建物の外観もどことなくポップな装いをしており、休日遊びに繰り出した若者たちの姿でごった返している。

 

 驚いたのは、街の各所に掲げられた広告の中に、よく見知った女子高生ストリーマーの姿を度々見かけることがあったことだ。


 店を出たあと、

 櫃辻はそんな浮かれた街並みを勝手知ったる素振りで歩きながら、


「この〝フリーパス〟はね、前にむーとんに希望リクエストしてゲットしたやつなんだ。だから櫃辻はそのおかげで、ここら辺のお店一帯を〝お友達価格〟で遊べちゃうってわけ」


「リクエスト……。パンドラゲームで勝ち獲った、ってこと?」

「そ。色んな人とバトってスポンサーになってもらってね──〝櫃辻のホームが欲しい〟って夢を叶えてみました。ほら、自分の旗を街に掲げるのってやっぱ憧れじゃん?」


「……武士の発想だ」


 プレイヤー同士の希望を賭けてその権利を争う、パンドラゲーム。

 

 その勝者に与えられる黄金の匣には、手に入れた希望が最も相応しいカタチとなって具現化する。櫃辻の持つ〝フリーパス〟はまさにその希望の象徴というわけだった。


 波止場の右の人差し指には、昨日獲得した契約の証が填められている。


〝波止場の最悪な状況がなんとかなるまで〟効力を持つというこのペアリング──その片割れは、櫃辻の指の同じ位置にもタトゥーのような形で現れたわけだが、そのおかげと言うべきか、波止場は櫃辻の自宅に居候として招かれる事態になっている。


 櫃辻が気合い十分で振る舞ってくれた手料理はプロ顔負けの腕前だったし、寝床は部屋の空きがなかったもののリビングのソファを借りることができた。そして今日も櫃辻は街案内も兼ねて、波止場を街に連れ出してくれている。


 未だ契約が未履行のままというのが気掛かりではあったが、当面は流浪るろうに身を落とさずともなんとか生きていけそうだった。



〝それが波止場様の希望とあらば、私がなんとかして差し上げましょう〟



 昨日そう言ってのけた和装系バニーガールの姿がふと頭に浮かんだ。

 彼女は今も頭の中で待機しているはずだが、こうも静かだとその存在自体が都合のいい幻だったんじゃないか、と心配になる。


 そういえば彼女にはまだちゃんとお礼を言えていない。


「櫃辻ちゃん、夢を一〇〇個叶えるとか言ってたけど。他にはどんな夢叶えたの?」


「それはもう色々だよ。モデルやったりライブやったり声優やったり、こうして配信者やってるのもそうだし、校庭に子羊リスナー集めて巨大パンケーキ作ったりもしたっけ」

「なんでもありだなぁ……」

「あはっ、みんなそんなもんだよ。あれが欲しいとかあれがやりたいとか、そーゆう欲望を叶えてくれるのが《NAV.bit》で、パンドラゲームだからね」


 それに知ってる? 


 と、遠くに聳え立つ管理塔サーバーの方を指差す櫃辻。釣られて波止場も空を見上げると、ゲーミングカラーの帯が塔に沿って天へと昇っていく様がよく見えた。


「櫃辻たちが欲望を叶えようとすればするだけ、この世界はんだよ」


「……脳への刺激がパンドラの動力源になってる、って話じゃなかったっけ」

「パンドラゲームの話だよ。ほら、あれだってゲームしてるときいっぱい頭使うでしょ? 身体だって動かすし、欲望を叶えるためには想像力だって必要だもん。特に希望が叶った瞬間なんて、脳内物質ドーパミンドパドパらしいよ?」


 聞けばパンドラは、

 人々の〝脳のはたらき〟を動力源にしているらしい。

 

 思考し、身体を動かし、心が、五感が刺激を受けることで脳は活性化し、その際に得られる脳内物質をネットワーク経由で回収、それを管理塔サーバーを稼働させるためのエネルギーとして運用している。

 人は生きているだけで脳を酷使する生き物なのだから、極端な話、人が生き続ける限りこの仮想世界も安泰というわけだ。


 無論そんな単純な話でもないのだろうが、少なくとも大半の人々はそう信じていた。


「……じゃあ櫃辻ちゃんは、世界のために夢を叶えてるわけ?」

「あはっ、まさか」


 ナイスジョークとばかりに櫃辻はケラケラと笑う。


「やりたいことやってみんなもたすかるなら、それって超イイよねって話」

「まぁ、確かに。WIN-WINだ」

「そうそう、それ。だからさ、ポッポ君ももっと自分の欲望に素直になってイイんだよ。ポッポ君にも何かないの? 叶えたい夢とか、理想? みたいなのとかさ」


 そう問われ、波止場は不意に居心地の悪さを感じ眉をひそめた。


「……ない、かな。あったとしても記憶と一緒に忘れちゃってるよ」


「そっか。じゃあ、早いとこ思い出さないとね」


 そう言うと櫃辻は波止場の肘に腕を絡めて、人懐っこい仕草で寄り添ってくる。


「……っ、ちょっと──櫃辻ちゃん! くっつきすぎだ……! 人が見てる」

「これも刺激、刺激。世界をたすけると思ってさ」


 仮にも櫃辻は三〇〇万人以上のリスナーを抱える超人気配信者アイドルだ。知名度などはこのストリートの在り様を見ても一目瞭然で、ただ街を歩いているだけでも注目の的だった。


 そんな中を気後れした様子もなく闊歩かっぽする櫃辻を見ていると、女子高生ストリーマーという肩書きも伊達だてではないのだなぁ、と波止場は感心する一方で、そのうち誰かに刺されたりしないだろうな、俺……と最悪な結末を想像しては内心ビクビクしてもいた。


「それじゃあポッポ君の記憶探しの旅兼、六號案内ってことで──


 ──デートの続き、しよっか!」

 

 くの字に背中を丸め、可能な限り世間の目から忍ぼうとする波止場などお構いなし。


 自分のペースで走り出す櫃辻に、

 彼は為す術もなく引き摺られていくのだった。

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