【第19話】ブレイク・タイム

「んふ~、美味ひぃー♪ 一度は絶対食べに来なきゃって思ってたんだよね、ここの新作ケーキ! やっぱ未来ときめく配信者たるもの、流行の最先端じゃないとねー」


 デート(?)の最中、寄り道的に訪れた陽当たりのいいカフェにて。


 ウエイトレスが運んできた『ゲーミングティラミス』なるグラデーションの五地層ケーキに舌鼓を打ちつつ、櫃辻は今日の成果を波止場に訊ねていた。


「それで、どうポッポ君? なんか思い出せそ?」


「……いや、全然だよ。相変わらずこの街のどこにも見憶えはないし、自分のことはなに一つ思い出せそうにない。他人のセーブデータ借りてゲームしているような気分だ」


 そっか、と肩を落として残念がる櫃辻。


 記憶が戻るきっかけにでもなれば、という櫃辻の思い付きからあちこちに連れ出してもらった波止場だったが、それが収穫ゼロの無駄足だったとは彼も思っていなかった。


「でも、櫃辻ちゃんのおかげでようやくこの街の世界観にも慣れてきたよ」

「そっか。ならよし」


 今度は誇らしげに微笑む櫃辻に、波止場の方が救われたような気分になる。


「けど大変だね。櫃辻は生まれたときから〝そう〟だったから全然気にしたことなかったけど、ポッポ君的には異世界に来たみたいな感じなんだもんねー」


 この世界──拡張都市パンドラは、

 仮想現実によって創られた仮想世界である。

 

 そんな受け入れがたい事実を、この世界の住人は当然のこととして受け入れていた。

 そして櫃辻は、そんな仮想世界で生まれたバーチャルチャイルド一世だ。

 

 現世界から新世界へと移住してきた大人たちを親に持ち、現世界から新世界に至るまでの変遷を歴史の授業から得た知識で納得し、「つまり私たちって最高に自由の身じゃん!」と無敵モードで社会に解き放たれた新時代の子供たち。

 

 彼女たちにとっての仮想世界とは、自分たちが生まれ落ちた箱庭の形状にすぎないのだ。

 

 そして櫃辻が〝そう〟ということは、

 同年代の波止場も〝そう〟ということになる。

 

 波止場もまた、この世界に生まれた子供の一人には違いないはずなのだが……


「……記憶が戻りさえすれば、少しはこの世界の住人だって自覚にも目覚めるのかな」

「それは解んないけど──ま、そう焦ることないよ。これからじっくりと手がかりを探していけばさ。ポッポ君の記憶探し、櫃辻も手伝うし」

「……これから、ね……。ホント、櫃辻ちゃんは前向きだなぁ」


 でしょ、と無邪気な笑みを見せる櫃辻に対し、波止場は曖昧な苦笑を浮かべる。


「とゆーかさ、そもそもなんでポッポ君は記憶喪失になったのかな?」

「それが解ればね……。別に頭をぶつけたって感じでもないし、思い出せないというよりはこう、大事な記憶だけすっぽり消えたって感じなんだよね……。大体、俺がネットワークに繋がれた存在だっていうなら、その記憶が失くなるのはなんでだ?」


 今度は櫃辻が「さあ」と首を傾げる番だった。


「記憶データの異常とかならワンチャン、ノモリンが何か解るかもしれないけど」

「……現状不審者の扱いだし、俺なんかの話聞いてくれるとは思えないけど……」

「とゆーかさ、それこそに頼んだらイイんじゃないの?」


 これ名案、とばかりに櫃辻はフォークを立てて言う。


「……? どういうこと?」


「ポッポ君の〝記憶探し〟をさ、ゲットちゃんに希望リクエストするんだよ!」


「俺の記憶を……《NAV.bit》で探す。


 そんなことできるの──ツキウサギさん?」


 そう問いかけつつ波止場が顔を向けたのは、隣の席だ。

 するとフォークとナイフを両手に構えた和装系バニーガールが、ふっと顔を上げた。


「おや、波止場様。てっきり櫃辻様とのデートにうつつを抜かして私のことなんか忘れてしまったのかと思ってましたが、この影薄系バニーガールちゃんに何か用ですか?」


「……なんか拗ねてる?」


「女ができた途端、これまで苦楽を共にしてきた一蓮托生系バニーガールちゃんの存在をガンスルーとは……波止場様がそんな薄情者だったなんて、なんて不憫なツキウサギ」


「ちゃっかり自分の分のケーキ頼んでおいてよく言うよ……」


 私おこですといった風を演じながらも、ツキウサギはフォークでケーキを一刺し。和装の袖に気を払いつつ、大口を開いてぱくり。すぐに頬を綻ばせる。


 先ほどまで頭の中で大人しくしていたかに思えた彼女だったが、ひとたび甘味の匂いを嗅ぎつけるや否や実体化して同じテーブルを囲んでいる。

 

 そもそもアプリである彼女に食事の必要があるのか甚だ疑問だったが、それを言ったら自分たちも大差ない。それにこうも美味しそうに食べているところを見ると、わざわざツッコむのも野暮な気がしていた。


「まぁまぁ、ゲットちゃん。ご主人様を独り占めしちゃったのは謝るからさ、ここは未来の花嫁に免じて許してやってよ。

 ──ほら、櫃辻の分も一口あげるし」

「んはは、流石は櫃辻様。うちの甲斐性なしと違ってなんと懐が広い。

 ──では、等価交換ということで。私の分もどうぞ一口」


「……しかもいつの間にか仲良くなってるし」


 すっかり馴染んだ様子で食べさせ合いっこする二人を前に、波止場は苦笑する。

 

 ちなみに『ゲットちゃん』というのは、櫃辻がツキウサギにつけたあだ名だった。


 月に兎で、月兎ゲットちゃん。

 センスが独特な者同士、案外気が合うのかもしれない。

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