【第6話】‐ ハイド&シープ ‐

 六號第四区のメインストリート。

 幾多の屋外広告ビルボードをまるでアクセサリーかのように着込んだ摩天楼の囲いと、十字架を横たえたような大通りが走るスクランブル交差点。

 

 そこは今、人垣とパトカーのバリケードに囲われた即席の闘技場リングと化していた。


「──やれッ! ぶちこめ! アーマーごり押しで畳みかけてけッ!」

「何してんだ! そんな見え見えの大技ぶっぱじゃ簡単にスカされるだろうが!」

「ほら、いけ! そこよ! こっちは君に万賭けしてるんだから負けたら逮捕よ、逮捕!」


 交差点で行われていたのは、なんとストリートファイトだった。

 

 闘志に燃えた男たちが殴り合い、掴み合い、ときには両手から〝飛び道具〟を吐き出したりとしながら、アクションゲームさながらの大立ち回りで観客たちを沸かせている。

 

 白熱する観客の中からどこかで聞いたような声が聞こえた気もしたが、それもすぐに別の歓声にかき消された。交差点付近は交通規制が敷かれていて、人が渋滞していた。


「──っ、なんでこんなときに。最悪だ……!」

 

 荒い呼吸を整えつつ、ツイてない、と波止場は人垣に阻まれ立ち止まる。やはり自分は不運に憑かれてるのかもしれない。

 フードを深く被り直しながら、視線と頭を巡らせる。


 これ以上は進めない。引き返すか? 

 いや、追っ手はもうすぐそこまで迫っていた。


 波止場はいま駆けてきた背後を何度も振り返りながら、通して、通して、と人垣の隙間に身体を埋めるようにしながら人混みを横断する。

 

 交差点を囲むビルの入口には総て『KEEP OUT』と書かれた投影式のテープが張られていた。テープを素通りして人の行き来があるのは、彼らにはその進入禁止の表示が見えていないからだ。

 波止場にはそれが、獲物を追い込む柵のように見えて仕方ない。


「──何あれ、雪……?」


 歓声に混じって、観客の中からそんな疑問の声が聞こえた。

 ──来たか、と空を見上げれば、日が暮れつつある緋色の空があり、綿雪のような白い粒がふわふわとした軌道で頭上を漂っているのが、見える。しかしカレンダーを見たところ今は五月の中旬。降るとしてもあれは雪じゃない。


 あれは──〝綿毛〟だ。


『──はろぐっなーい!』

 

 波止場がその正体に気付くと同時、交差点の屋外広告ビルボードに映し出されていた画面にノイズが走り、すぐさまそれらのモニターが一斉に一人の少女の姿を映し出した。


『はい注目、子羊のみんな! 未来ときめく女子高生ストリーマー、櫃辻ミライだよ! 「櫃辻ちゃんねる♪」ではただいま視聴者参加型企画ストリームイベント──「ポッポ君を探せ!」を開催中! 

 こんな感じのネガティブっぽい顔の鳩ポッポ系男子を見かけたら、コメントで情報よっろしくぅー♪』

 

 屋外広告ビルボードをジャックし手配書を晒し上げた櫃辻の言葉に、交差点に集まった観客全員の視線と関心が瞬く間に拡散する。


 どんな感じだよ……と思って波止場が顔を上げると、フード付きのミリタリージャケットを着た、姿勢も人相も悪い根暗そうな少年が画面に映っているではないか。


 俺じゃん、と思ったその直後には、自分に向けられている幾つもの視線に、気付く。


『あはっ、ポッポ君みーっけ!』


(……まずい、バレた……⁉)


 波止場は即座に駆け出していた。

 振り返ればその背を追ってくるのは〝綿毛〟の群れ。


 綿毛の先端には単眼モノアイのレンズがぶら下がっていて、それらは綿毛状の笠をプロペラのように震わせながら飛んでくる。

 綿毛の正体は撮影用のドローンだったのだ。


『イイ顔して走るね、まさにベストアングル。そんなキミにフォーカス、オンだ』


 視界の端、屋外広告ビルボードには二種類の映像が流れている。

 カメラを積んだドローンの群れから逃げる波止場と、その後ろ姿に「」の形に構えた照準を向ける、櫃辻の笑みだ。


『──はい、シープ!』


 パリン、と──波止場の背後と足元で〝それ〟が打ち砕かれる音と飛沫しぶきが起こった。

 

 波止場の背中と左足に表示されていた、撮影箇所ヒットポイントが刈り撮られた音だった。


「くっ、まただ……! もう間違いない。櫃辻ちゃんはあの綿毛で、俺を撮ってる……!」


 撮影箇所ヒットポイントは各部位に浮かび上がった投影型装飾ホロアクセだ。それが計七ヵ所。

 しかし今は胸に一つと、左の手首に一つ、右の足首に一つしか残っていなかった。


 ゲーム開始から約二〇分──計七ヵ所のうち、すでに四ヵ所もの撮影箇所ヒットポイントが撮影されてしまった。それも、ドローン撮影なる反則級のチートによって、だ。


 背後から追ってくる綿毛の視線を遮るように、死角を背に、折れて曲がってと波止場は進路を変えながら街路を駆け抜ける。

 それでも綿毛型のドローンは追ってくる。


「──ってか、かくれんぼじゃなくて鬼ごっこじゃないかよ、これぇええ……ッ!」


 緋の色を灯し始めた水上都市に、脱兎の如く駆ける少年の叫びが木霊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る