第4話

 初詣を済ませた。クリスマスは気づいたら終わっていた。

 何かを願うのは違う気がして、神様には「プロになれちゃったんです、ありがとうございます」と伝えておいた。毎年、5円ずつのお賽銭でどうもです。

 人が多いところに来たらどっと疲れた。みんな一人で来ていないのを見たせいもある。家族にカップルに友達。

 逃げるように神社から出てきた。それでもまだ人が多い。

「冬染君?」

 急に声をかけられて、僕は固まってしまった。指名手配犯が見つかったとき、こんな気分だろうか。

 恐る恐る首を回すと、短髪の若い女性がいた。

「……だよね?」

「え、ええ」

「私のこと、忘れてる?」

 棋士の記憶力をなめてはいけない。覚えてない。

「高校で……?」

「席、後ろだったよ」

 必死に記憶を手繰り寄せる。「まとちゃん」声が聞こえてくる。女の子が、呼んでいる。

「まとちゃん……」

「そっちから? 冬染め君に呼ばれたことない」

「まと……まと……的場?」

「的絵! 名前!」

「ごめんなさい、わかりません」

「若田だよ」

「……」

 名前を聞いても思い出せない。致命的である。

「いろいろ興味なさそうだったもんね。あ、じゃあ!」

 若田さん……は、手を振りながら走っていった。お店から出てくる別の女性たち。もし彼女たちも高校の同級生だとしたら、僕は誰一人思い出せていない。

 僕、本当に高校行ってたのか?



 大阪にやってきた。明日の対局は関西将棋会館で行われる。

 大阪では外食をしたり観光をしたりしたことがない。コンビニでご飯を買って、ホテルに籠る。

 ずっと、スマホで将棋を見ている。

 眠くなったら、寝る。お酒を飲むことはない。

 ワクワクすることも、緊張することもない。ただ、対局が近付いてくるだけだ。

 眠くなったので、寝ることにした。


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