第3話
冬染健太新四段誕生。一般誌に掲載されたその記事を、何度も読んでしまう。
将棋も注目度が高まり、いろんなところで特集されるようになっていた。最近で言えば荒砂七段は23歳、タイトル挑戦をしたイケメン棋士ということでワイドショーでも取り上げられている。
僕の場合、書くことにも難儀していそうだった。顔は普通、経歴も地味、師匠も弱い。「地元栃木では大変活躍が期待されている」とあるのだが、小学生低学年の頃に引っ越していて、実はほとんど知り合いもいない。インタビューされている人が実在するのかを疑っている。
素朴で頑張りやな少年が、とても優しい師匠の下で努力してきた、らしい。どうも自分のことのような気がしない。
同時に昇段したのは松平壕、17歳。ぴちぴちの高校生だけど、見るからに強そうだ。だいたい名前がごつい。デビュー以来5連勝。うらやましい。
すでになんか、あっちが陽でこっちは韻って感じだ。
仕方ない。僕は超一流じゃないんだ。
そして今の僕には、目標がない。
実家に戻ると、父親がいなかったのだ。そして母親はもう、僕のことにあまり興味がなかった。
両親の笑顔を見ることなんて、できなかった。
そこそこ勝って、七段ぐらいまで上がって、本とか二冊ぐらい書いて、引退するんだろう。
虚しくなって、雑誌を閉じる。
年を開けての対戦相手は、白津四段。三段リーグでも対戦経験のある先輩だ。まったりとした振り飛車党で、気が付くと終盤有利になっていることが多い。
聞くところによると、白津さんはむちゃくちゃ研究会をしているらしい。研究会というのは皆で集まって対局をするもので、感想戦で知見を深める。僕も行かないではないのだが、なんか苦手だ。手の内は、隠しておきたい。
一人で研究をするのが好きだ。
もともと一人が好きだった。けれども、一人じゃ将棋ができない。仕方なく僕は、将棋教室に通った。ちょっと遠いところの。
強い子たち同士が仲良くなっていく中、僕はひたすら将棋を指した。相手の顔を見ずに、指した。一人の世界だった。
たまに出る大会では、二位か三位。引っ越して、僕は将棋教室を辞めた。
楽しかったのだろうか、思い出そうとしても、当時の感情は忘れている。
二人で指すゲームだからじゃなくて、一人で勉強できるから、将棋を続けたんだ、と思う。
白津さんはきっと違う。普段どんな人かは全く知らないのだが、パリピに違いない。
心してかからなければならない
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