第22話

 ネクタイをもらった。

 師匠からではない。ファンからの贈り物らしい。

 ファン? 僕にファンがいるらしい。しかも、プレゼントをくれる。

 もしかしたら荒砂ファンが、「相手にはきっちりとした格好をしてほしい」と思ったのかもしれない。

 観られる、ということはわかる。多くの人が注目している。

 フユウララの馬券は、単勝で万馬券らしい。まあ、僕も買わないけど。

 ただ、勝負はわからない。なんとなく、今の自分との付き合い方がわかってきたのだ。直前に研究しても、中身をあまり覚えていられない。ここ数年のことも、ぼんやりしている。ただ、身に着けたものがなくなっている感覚はない。今勉強していることも、確実に力としては身に着いている

 ずっと、記憶に頼りすぎていたのだ。他のプロに比べて並外れた記憶力があるわけでもないのに。なぜ、突然記憶力が衰えてしまったのかはわからない。気が抜けたからか、四段になるために頭を使いすぎてしまったのか。いつか元に戻るのか、一生このままなのかもわからない。ただ、今あるもので戦うしかないのだ。

 荒砂君は奨励会入会同期なので、小さい頃はよく当たった。まっすぐで筋がよくて、美しい将棋だと思った。今は力強さが加わっている。

 正直なところ、勝てる気がしない。

 僕は、自分自身の棋譜を並べてみることにした。弱い、とは思わない。ただ、美しくはなかった。行き当たりばったりの手が多いように思えた。

 自分の棋風は何だろう。攻めなのか、受けなのかもわからない。何がよくてプロになれたのか? 本当によくわからない。

 ただ、「こいつは昔の将棋が好きなんだろうな」と思う。あの頃、現実から逃避するために将棋の本を読んでいた。勝つためではなく、楽しむために読んでいた時期があった。かっこいい敗着が好きだった。信念があるからこそ、最善ではない手を堂々と指してしまう。

 妙に期待してしまう。これは、荒砂君より才能があるのでは? いや……それは違う。才能は、荒砂君が上かもしれない。ただ僕の方が多分信念が……執着がある。

 けっして、プロに1勝することが目標だったわけではない。ただ、1勝は絶対にしなければならないのだ。

 負けても当然の戦いなんてない。僕は、考えを改めた。冬染健太の馬券を、僕は買う。僕は、僕を信じ抜くのだ。

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