第21話
1-8。母校は、いいところなく負けた。
体格からして相手校とはまったく違うし、相手の方が応援する人数も多い。ユニフォーム姿の人たちもスタンドにいるから、ベンチに入れない部員も多数いるということだろう。
スポーツ観戦自体が、初めてかもしれない。感想は、暑かった。
「あ、
日焼けをした背の高い女性が、手を振りながら近づいてきた。
「あ、琴那も来てたんだ」
「弟が出てたんだよ」
「え、いたっけ?」
「あ、ごめん出てない。ベンチ」
「ははは。残念だったね」
「あれ、ああっと……」
「冬染だよ。久々だよね」
「ん? うん……。また連絡するね、じゃ」
「うん、また」
あの反応は、名前を聞いてもピンとこなかったのだろう。大丈夫だ、僕も全くあの人が誰なのか思い出せない。
「他にも友達来てるかもね」
「そうだね」
誰の顔も思い出せない。僕は本当に、同じ教室にいたのだろうか。思い出せるのはこっそり読んでいた将棋の本。窓の外の空。テスト用紙を配るときにちらりと見える、若田さんの手。やはり顔は思い出せない。
顔のわからない誰かに会う前に、早く帰りたかった。
「将棋って、どうやったら観れるの?」
駅のベンチ。ここから先は、反対方向の電車になる。
「野球みたいにってこと?」
「そ。観客席とか、なさそうだし」
「ないよ。スマホで棋譜だけ見れたり……それもなかったり……」
「へえ。次の試合は?」
「あー……」
次は荒砂君との対局だ。普通ならば予選の2回戦はそれほど注目されないが、最も期待の若手とあって、普通の扱いではないのである。
「どうしたの?」
「あるよ。インターネット番組で中継が」
「そうなんだ! 観てみるね」
「ああ。楽しみにしといて。明後日だよ」
観られたくない。それと同時に、今回を逃したら二度と観てもらえないかもしれない、とも思った。二度と、注目されるような、番組で取り上げられるような対局は指さないかもしれないから。
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