第6章 1勝12敗 (対プロ棋士 0勝12敗)

第20話

 鷲の目をしていた。

 あまりにも形勢が悪くて、盤面を見ることが辛くなってきた。それでも負けが込んでいるベテランが相手ならば、うっかりなどがあるかもしれない。そんな期待は、鋭い視線に粉砕された。

 調べていて分かったのだが、鳥谷原さんはアマと女流棋士に一回も負けていない。4連敗以上はせず、プロ棋士以外には絶対に負けない。力を溜めて潜伏して、プロとしての証は絶対に手放さない。そんな人間が、まだプロ棋士に勝っていない僕に負けるはずがなかったのだ。

 僕は負けた。全くいいところがなく負けた。負けた記憶もすぐになくなってしまうほどに。



 順位戦も負けた。これで、プロになって12敗したことになる。しかも次の相手は、荒砂七段である。

 タイトルは獲得できていないものの、タイトル戦に2回も出た若手の強豪。勝率7割。普通なら負けまくっている僕が当たることすらできないのだが、アマに勝った唯一の公式戦勝利により、2回戦で対戦することになったのである。

 皆、僕が負けると思っている。僕も思っている。気合で勝てるなどとは、とても言えない。誰だって、強い方が勝つと思うし、そこで連敗が止まるとは思わないだろう。

 ただ、諦めているわけではない。いつだって僕は、勝ちたいと思っている。

 近所の神社に来ている。ほとんど人のいない、静かなところである。神頼みはしたくない、と思っていたのだが、気持ちが変わった。

 風邪をひきませんように。事故に遭いませんように。一番いい状態で、荒砂七段と戦えますように。

 最後に心の中で、「プロになれたことはうれしいです」と付け加えた。



「野球観に行かない?」

 将棋教室が終わると、受付の前に若田さんがいた。

「え、野球?」

「そ。初めてベスト4だよ、知らなかった?」

 そういえば同じ高校だった、と思い出す。野球部があったのかどうかも、気にしたことがなかった。

「野球好きなの?」

「野球部の人と付き合ってた」

「へえ」

「あの弱かった部が、と思ったら気になっちゃって」

 運動部とか恋愛とか、僕には縁のない要素で若田さんは構成されている。きっと普通の人なのだ。

「僕でいいの? ルールも怪しいんだけど」

「それも気になる。興味ない人が見ても面白いかっていうこと」

「はは。いつ?」

「今から」

「え?」

 咄嗟に断る理由を探して、見つからなかった。どうやら僕は、野球を観に行くことになるらしい。



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