第15話

 プロアマ一斉対局。六人の四段が、同じ日にアマと対局する。松平君も、である。

 新人は僕以外みな強いが、松平君は特に勝ちまくっている。17歳でプロになるような人は、だいたい大活躍するし、そのように期待される。

 だが、期待される若手が、このアマプロ一斉対局では意外と負けてきた。勝手が違うのか、どこかに油断があるのか、アマが強いのか。

 千駄ヶ谷駅から下りてみた。ゲン担ぎ、なのかもしれない。棋士として皆が歩く道を、進んでみたかった。まあ、負ける人もここを歩くのだけれど。

 会館の裏には神社がある。神社の裏に会館がある、気もする。神社にはには寄らない。もし対局する二人ともが勝利を願えば、神様はどちらかの言うことを聞けないことになる。実力で勝負してほしい、と思うかもしれない。

「おはようございます」

 振り返ると、松平君だった。ああ、やっぱり誰かに会ってしまう。

「おはよう。大きなイベントだね」

「そうですね。注目度も高いです」

 そりゃ、10連敗の若手がアマと対戦するからね。

 会館に入り、対局場に向かう。アマの7人は、全員すでに来ているようだった。他の3人は関西で対局だ。10人のアマが、若手プロに挑む。毎年恒例で、プロが9勝した年もあれば、アマが7勝した年もある。どちらかが全勝したことはない。

 これは祭りだ。

 みんな見ていて楽しいだろう。ただ、生贄になる方は楽しくないに決まっている。

 アマに負ければ恥ずかしくていたたまれない、という時代でもない。だからといって、簡単に負けていいわけでもない。僕らは師匠のもとで修業して、勝ち抜いてプロになった。

「団体戦みたいですよね。出たことないから楽しみです」

「他の対局のことは気にならなくなるよ」



 気になる。

 僕の将棋は昔からよくある形になった。何十局分の棋譜が、頭の中にしまい込まれている。しばらくは、緊張しなくてもそのまま指し進めて行ける。

 ただ。もし他の皆が早く勝ってしまうと、僕に注目が集まることになる。嫌だ。また負けるのかと注視されるのは。

 が。隣からは大きな駒音が聞こえてくる。しかも、続けて。二人とも熱くなっているということは、序盤から勝負どころということだ。

 局面を覗いてみる。大乱戦だった。

 これ、いつ終わってもおかしくないぞ。なぜこんなわけのわからないところに向かったのか。

 それともこれも、すでに研究されている局面なのだろうか。

 甲高い駒音が、目の前から聞こえてきた。驚いて正面を向くと、考えたこともない手を指されていた。絶対好手じゃないよ。でも、時間を奪う手だ。

 道を探す。踏み外しにくい道を。いい手ばっかりなんて指せない。だから、大悪手を指さないように。相手が間違いやすいように。そうやって僕は勝ってきた。

 必死に、進みやすい道を探して、指す。弥陀アマも、決定的に悪い手は指さない。形勢とかはわからない。ただ、僕の方が勝ちやすい展開なのはわかっていた。

 気が付くと、松平君の対局は終わっていた。どちらが勝っているかを確認する余裕はない。

 三段に上がったときも、こんな将棋だった。時間さえあれば読み切れるのに。勝てるはずなのに。雑念だらけだった。だから、雑念と共に考えまくった。

 時計の音が、ここだけ響いている。他の対局は終わったようだった。

 きっと、注目されている。ネット放送でも、この将棋を解説しているはずだ。

 見るがいいさ、弱い棋士の、初勝利を。

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