第6話

「健太、仕事代わってくれ」

 師匠から、そんな電話がかかってきた。

「え、師匠に仕事なんてありましたっけ?」

「このやろう。初心者教室だよ。対局だけじゃ暮らしていけねえ」

「じゃあ辞めちゃダメじゃないですか」

「春から別のとこ頼まれたんだ。だからお前が俺のを引き継げ」

「ああ、なるほど」

「お前はタイトル戦とか出れなさそうってわかったからな。土日はずっと大丈夫だろ」

 失礼な話である。だが、僕だって僕がタイトル戦に出られそうとは思わない。今だって「大学に行ったと思って」仕送りをもらっているのだ。それが22歳までという約束が、焦る原因でもあった。

「わかりました、引き受けます」

「よかった。まあ、教えるんも棋士の仕事だ。しっかり勉強させてもらえ」

 そうか、指す以外が仕事になっていくのか。なんとなく僕は、自分の行くすえが見えてきた。九段になれる素質があるとは思えない。師匠もあと何年かで、棋士を引退することになる。それでも人生は続いていくのだ。弱いプロは、引退した後のことも考えておかなければならない。

「教室かあ」

 自分の昔のことを思い出す。楽しいとは限らない。強いからちゃんと教えられるかも、わからない。それでも、教室に来ることが、将棋を指すことが「救い」になる子もいる。僕みたいな。

 果たして僕はちゃんと、先生をできるのかねえ。



 荒砂君は、年下である。

 奨励会では同期で、プロデビューは向こうがずっと早い。先輩なのか後輩なのかよくわからない。すべてを飲み込んで、友達でいられるような関係でもない。

 そんな彼の対局を、確認している。生放送の音ッと番組もあったが、スマホで棋譜だけを追っている。

 勝ちそうだなあ。と思った。評価値は48パーセントで、少しだけ彼の方が勝ちにくいと示している。だが、この大一番で「ほぼ互角」で終盤に突入しているのがすごい。相手は通算タイトル6期を誇る長尾九段である。僕ならば10回やって9回負ける自信がある。

 荒砂君の玉は薄い。一手間違えれば、すぐに攻め込まれてしまいそうだ。だが、勝つと思って見ていた。

 そして、勝った。

 ああ、勢いある人ってこうなんだよ。まったく、違う世界の話みたいだ。

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