第2章 0勝4敗

第5話

 負けた。

 中盤まではこちらがいいと思っていたけれど、真実はわからない。とにかく、終盤力負けしていたのは事実だ。

 白津四段は全く笑わない。作業を終えたような表情で、淡々と研究手順を言っている。

「ここまでは研究範囲で、こう指されたらこうするのが最善でした。ただ、こうだったので……」

 呪文を聞いているようだった。

 僕だって研究しないわけじゃない。ただこんな試験勉強みたいに、しらみつぶしに記憶しているわけではない。

 会館を出て、ふらふらと歩き出す。なんとなく、電車に乗りたくないのだ。僕はまだ、1局も勝てていない。4連敗ぐらい、誰だってするじゃないか。そう言い聞かせてはみるものの、新四段が、と考えるとほとんどなさそうだ。

 悔しいときにするべきことを、僕は知らない。お酒も飲まない。変なお店にもいかない。

 気が付くと、大きな川が見えていた。二本の川の間に、島のような中洲がある。大阪のことは詳しくないので、なんという場所かは知らない。

 橋を渡って、川に面した道を歩く。なんとなく「一周してやろう」と思った。僕は、今島の下の方を歩いているに過ぎない。上の方に行けば、勝てるようになる。

 途中からは「何しているんだろう」と思った。地下鉄の駅につながる入り口が見えた。僕は必至に目を背けて、歩き続けた。



 次は、テレビ棋戦の予選がある。一日に3勝できるチャンスだ。何より、早指しは若手有利だと言われている。

 僕は、前よりも勉強の時間を増やしていた。他にすることなんてない。そんなことをしなくても勝てると思っていたが、思い知らされたのだ。僕は弱い。

 テレビに出ると、周りの反応がまるで違うらしい。とはいえ、「昔の知り合いに活躍を報告できる」と言われてもピンと来ない。いたっけ、昔の知り合い……

 子供たちの姿が思い出される。けれども、同じ教室に通っていた皆の、顔が思い出せない。

 最近は、予選自体にテレビカメラが入る。新四段特集も放送されるらしい。主役じゃん。

 いや、違う。新四段の他の三人は、勝ちまくっている。見た目もいい。きっとそっちが主役だ。僕はきっと、テロップでちょっと紹介されるだけだ。

 気分が楽になる。注目されるのは苦手だ。

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