第13話

 弥陀アマは30歳、会社員。かつては奨励会二段だった。退会後いくつかのアマタイトルを獲得していて、プロに勝ったこともある。会社自体が強いチームを有しているし、いくつかのプロの研究会にも参加しているらしい。いずれ編入試験を受けたいと公言している。

 一回戦の相手が僕で、喜んでいるだろう。

 だが、こっちは死に物狂いだ。彼が会社で仕事をしている間も、ずっと勉強している。棋譜ではない。詰将棋、必至問題、次の一手。才能を引き出すための訓練だ。

 僕には才能があるのか。それはわからない。ただ、彼はプロになれず、僕はなれた。才能の違いだと、信じたい。

 ぼろぼろになった本がある。江戸時代に書かれた詰将棋の本だ。入門した時に「五周しろ」と師匠に手渡された。

 何周したかf

わからない。

 詰将棋は一人でもできる。大昔の人は、勝ち誇ったり、待ったを強要したり、子供だからとバカにしたりしない。ただ、詰将棋を準備してくれる。

 複雑な詰将棋は、パズルと呼ばれることもある。ただ、僕は違う感想を持っている。詰将棋は、キャッチボールだ。

 あ、僕は別にキャッチボールも好きじゃないんだった。



「せんせー、なんでarema出ないの?」

 帰りのあいさつが終わった後、駆け寄ってきた子が元気に言う。ネットのarema将棋チャンネルに出るのは、なかなかに難しい。子供は無邪気に聞くから怖い。

「先生はまだ活躍してないからね」

 嘘をついた。今度はプロアマ戦ということで、中継があるのだ。最初であり、最後かもしけない。

「かつやくしてね!」

「わかった」

 手を振って子供たちを見送る。

「ちゃんと先生じゃん」

「うわ」

 後ろからにゅっと若田さんが現れた。

「最近会わなかったじゃない」

「そっちが見なかったけど」

「しばらく時間変えてもらってたのよね。卒業とか他の教室とか、いろいろあったのよ」

「なるほど」

「教えるだけじゃ暮らせないねえ」

「まったくだよ」

「冬染君はプレイヤーじゃん」

「……やめようと思ってるんだ」

 すんなりとその言葉が出てきたので、僕の方が驚いてしまった。

「ふうん」

 若田さんの方が落ち着いている。なんでだろう。

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