第12話
「遊園地行くか」
師匠が突然そんなことを言い出した。
「えっ」
あまりに予想外の言葉に、僕は台所で固まっていた。お茶を入れるために、お湯を沸かしていたのである。おっさんと遊園地?
「行かねえのか?」
「そんなに行きたいんですか?」
「ばかやろう。お前の気晴らしだよ。どうせ遊び相手とかいねえんだろ」
「……」
「俺も一度行ってみたかったのはある。うん」
「今から千葉とか行くんですか?」
「練馬だよ」
「どうだ、楽しかったか健太」
「まあ……」
「お前はプロになったからなあ、人様が働いてるときに遊園地に来れる。幸せだなあ」
「師匠もですね。二人とも暇ですし」
「そうだ。今は暇がいい。若い頃はつらかった」
「……」
「お前よりは勝ってたけどな。後輩がみんな俺より才能あんだよ。嫁には先立たれるし、弟子はプロになれねえし。お前は初めての孝行息子だ」
「……師匠、実は」
「ああん? 告白か」
「まあ、ある意味。僕、最近のことがよく思い出せなくて。病院に行ったら、正常だって。ただ、普通の人ならそうだけど、プロとしては前よりは衰えてることもあり得る、って」
師匠が、目を細めた。僕は目をそらした。
「普通の人になってしまったかもしれないです。平日遊園地に来る、普通の人」
「そうか、それが勝てねえプロってか」
「勝てないのは、プロですか?」
「プロだよ。引退しようが、な」
「……本当にそのつもりです。引退しようかなと」
「勝ったら、元に戻るかもしんねえぜ。やっぱ健太は才能はあるよ。三段であんなに負けてて、一回のチャンスものにするんだからよ。けど、その一回のために脳を酷使しちまったのかもな。とりあえず才能だけで、一勝してみな。なんか、見えてくるかもしんねえ」
才能だけで。それがどんなに大変な時代か。ただ、確かに自分の才能が衰えた感じはしない。
「やってみますよ」
「よし。ラーメンでも食ってくか」
「いいんですか、最近は3800円するらしいですよ」
「そりゃ、二人で一杯だな。怒られるんだったか?」
「動画で告発されます」
「つれえ時代だ」
僕らは、一杯980円のラーメンを食べた。
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