第9話

「きょうはここまで。おうちでも勉強してきてね」

「はい!」

 子供たちはまじめだった。

 師匠から受け継いだ将棋教室。どうなることかと思ったが、騒ぐ子もおらず、問題なく一回目を終えることができた。

 場所はショッピングモールの中のカルチャースクール。子供を預けている間に親は買い物ができるというわけだ。

 入り口まで子供を見送りに来たら、奥の部屋から別の子供たちも出てきた。そう言えば、空手教室をやっていると言っていたっけ。

「冬染君?」

 なんか、デジャヴュである。恐る恐る首を回すと、短髪の若い女性がいた。

「若田さん」

「あ、名前覚えてくれた。ここで何してるの?」

「いや、今日から将棋教室で」

「え、そうなの? あのおじさんから代わったの?」

「その人は僕の師匠だよ」

「師匠? え、冬染君、将棋の達人?」

「プロ棋士だよ。若田さんこそ、空手の達人?」

「ははは、そんなとこ。ちょっと話聞かせてよ。あ、お昼ご飯食べに行こう」

「ええ……」

「行ってみたかったお店があるの。あっちあっち」

 そう言うと若田さんは、すたすたと歩き始めた。



「いっつも見ててさ、ここが気になってたわけよ」

「はあ」

 若田さんとは行ったのは、オムレツの専門店だった。外食自体あまりしないのだけれど、自分ではまず入らないところである。僕はメニューの一番最初に載っているものを頼んだのだが、若田さんはハンバーグの付いたやつに加え、スープとサラダのセットを頼んだ。

「みんなデートしてたり遊びに行ったりさ。日曜午前に仕事あると、予定が合わなくて」

「へえ」

「隣で先生同士なんて本当にすごい偶然。びっくりしちゃうね」

「まあ」

「そっちから聞きたいことはないの?」

「えっ。空手は、ずっとやってるの?」

「小学校から。オリンピックも目指したんだよ。だめだったけど」

「すごいね」

「プロの方がすごいよ」

 若田さんは僕がプロになったことも知らなかったし、現状連敗していることも当然知らない。なぜだか、将棋関係者以外と一緒にいることに背徳感がある。

「すごくは……ないよ。僕、地味でしょ」

「そう? 天才肌って感じ」

 目の前に、ニコニコと笑う女性がいる。なぜか、早くこの時間が終わってほしいと考えていた。

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