第1章 0勝3敗

第2話

「負けました」

 僕は、深々と頭を下げた。一局目の態度があまりよくないと師匠に言われたため、特に気を付けた。

 投了の仕方をまず学ぶことになるとは。

 デビュー以来、三連敗だった。そして、これが今年最後の対局だった。

 秋にプロになった場合、すぐには順位戦を指すことができない。リーグ戦である順位戦の参加は春からとなり、それまでは他の棋戦の1回戦に参加することになる。ほとんどが普通のトーナメントなので、勝てば対局が増えるが、負ければそれまでである。

 0勝3敗。まだ勝ちがない。もう一人の新四段は、5連勝のデビュー。勝っているので、年内にまだ対局がある。

 知っていた。僕は弱い。ただ、いつかは勝てるだろう。いまや、三段の実力はプロ並みと言われている。四段になれるかどうかは大きな違いだが、誰もが三段の時点でプロに勝てる力を持っているのだ。

 前回まで勝ち越すことすらできなかった僕は、三段も参加できるプロ棋戦の参加経験がない。そういうわけで、「みんなと違い、まだ慣れていないんだ」と思うことにした。



 町はクリスマスモードになっている。恋人もいないし、パーティーをするような仲間もいない。そして、一人暮らしである。

 なんとなくやるせなくなって、僕は師匠の家に向かった。

 師匠もまた、一人暮らしである。若いときに奥さんを亡くしていて、以来小さな一軒家で、三匹の犬と暮らしている。

「どうも、健太です」

 扉をガチャリと開ける。合鍵を預かっているのだ。「対局に現れなかったらくたばってるかもしんねえから、お前が確認しに来てくれ」と言われている。そのうち僕が師匠を介護することになるかもしれない。

「おお、来たか3連敗」

「いやな呼び方……」

 チワワが足元に走ってきた。家の中で飼っているレンである。元々は、夜逃げした兄弟子が飼っていた。

「今日もかわいいなー。鷦鷯ささぎ先生なんて6連敗でしょ」

「俺はもう爺だからいいのよ。お前はまだつやっつやなんだから負けてる場合じゃねえって」

 そんなこと言っても、師匠が勝ちまくっていた時期というのもない。鷦鷯八朗六段、56歳。フリークラスにいる、目立たないプロ棋士である。頼むと断れない性格で七人が弟子入りしたが、僕意外はプロになれなかった。

「健太もプロにはなれねぇと思ったんだがな」

「はずれましたね」

「まったく一発当てやがって」

 居間に行くと、師匠は首まで炬燵に潜っていた。

「何してるんですか」

「エアコンが壊れちまって。寒い寒い」

「研究とかいいんですか? もうすぐ順位戦ですよね。あっ、フリークラスだった」

「お前わざとだろう。22日までねえよ。あ、健太はもっとないのか」

「まあ僕は四月から順位戦ありますけどね」

 僕もこたつに入る。とたんに、将棋のことはどうでもよくなってしまう。これは魔力を秘めた箱だ。


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