第6話
「ですが、キュアポア社製のものは、どうしても装置が大型になります。お嬢さまには扱いが難しいかと。重量もありますし、設置するには別途費用が……」
「いりませんわ。ヒッター社のものなら、町の薬局レベルでは十分でしょうけど、世界でトップを競う研究所レベルには、物足りませんもの。それに、この型式はもう古いものね。売れ残りをさっさと処分してしまいたい算段が透けて見えますわ」
「ですがミリクアは、実験には絶対に欠かせないものですよ!」
「そんなことは分かっています。私はその品質を問題視しているのです」
「私どもとしても、お嬢さまの実験のお手伝いが出来ればと」
「あなたがしようとしているのは、決してそうではありませんわ!」
店員はすがりつくようにリシャールを見上げた。
「旦那さま~! ご祝儀としては申し分ない品です。先日もこの装置は、大きな薬店に卸したばかりです。販売実績もちゃんとあります」
「ル……。君は、どう思う?」
「実は先日、私もヒッター社のものを買おうとして、止められましたの。ミリクアはキュアポア社製でないとダメだと」
私は店員の持っていたカタログをテーブルの上に広げる。
「そして、実際に3台仕入れましたわ。火事で焼けてしまって買い換えが必要だったのですもの。その時のお値段は、900万ルピー。一台300万の計算になりましてよ」
「な! あなたはどちらの……」
「確か、この店も入札に参加していたはずですわ。結果はふるわなかったようですけどね」
着せられていたローブの前を、一度だけバサリと広げる。
店員の目に、しっかりと聖女見習いの制服が映った。
「こ、これは……。ル……ディさまですか?」
正体に気づいた店員の声が、急に小さくなる。
彼は震える手で机にあったベルを鳴らした。
「た、担当の者と変わります。少々お待ちください」
「お待ちなさい」
私が気に入らないのは、ミリクア精製装置だけのことじゃない。
「シルグレット含有率15%以上の試薬セットが、1,200万ルピーですって? 確かに白銀竜は希少生物で狩れるハンターも少なく、一頭狩れただけで時価の付く代物ですわ。それでも1,200万は高すぎです。せいぜい800万というところね」
「800万! それは値切り過ぎですよ。ル……。姫さま」
「あら、そうかしら。確かに普段ならあり得ないことね。ですが、昨年銀竜の墓場と呼ばれる20体ほどの白骨化した死骸が見つかり、少し値を下げていたのではありませんか?」
「……そ、それは、そうですが……」
「うちの聖堂では、確か760万ルピーで2セットを発注して取引が成立しておりますわ。まぁ、落札したのはこの店ではなかったかもしれませんが……」
「こ……。そ。それはもう……」
店の奥から、見覚えのある顔が出てきた。
うちの聖堂の担当者だ。
「これはこれはルディさま! 今日はまたどういったご用件で?」
ニコニコと愛想のよい笑みを浮かべ、私たちのテーブルにつく。
簡単にこれまでのいきさつを説明し、値段交渉に入った。
「あぁ! ルディさまのお知り合いでございましたか。うちの店員が大変失礼いたしました」
「いいのよ。姿が分からないようにしていたのは、こちらですし」
「彼は店に忠実な者なのです。どうかお許しを」
許すもなにも、まだ交渉の途中だ。
「それでは……。う~ん。820万というところでいかがでしょう。ミリクア精製装置のことは、またそちらの研究員さんのご意向を確認してからということで。必要があれば、またお買い求めいただければよろしいかと……」
リシャールを見上げると、彼は「分かった」というようにうなずいた。
支払いは従者に持ってこさせた金貨で、その場で済ます。
「お買い上げ、ありがとうございました。今後とご贔屓のほど、よろしくお願いいたします」
店にとっても、悪い取引ではなかったはずだ。
買い付けを済ませ、明日の朝一番に届けてもらうよう頼んでから店を出る。
「君のおかげで助かったよ」
外に出た時には、すっかり空は暗くなっていた。
人通りもまばらとなった大通りを、リシャールと並んで歩く。
少し涼しくなった空気に、私は身を震わせた。
「王族が値段交渉だなんて、恥ずかしかったかしら」
「あぁ。それでも黙ってはいられなかったんだろ?」
「まぁ……。そういうことですわ」
きっとお姉さまやマートンなら、もっとスマートな対応をしただろう。
もっと気の聞いた言葉で、機転を利かせて、おしゃれにかっこよく、あの場を丸く収めただろう。
恥をかくことには慣れているけど、もう少し他にやりようはなかったのか。
この人に「姫らしくない」と呆れられても、仕方がない。
それで嫌われても、初めから私のことなど眼中にないのだから、別にいいんだけど。
それでもどうせなら、「可愛いお姫さま」でいたかったな。
今さらだけど。
うつむいたまま歩く私に、リシャールは声をあげて笑った。
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