第7話

「分かりました。リシャール殿下がそれほどおっしゃるのなら、許可しましょう。ルディ、くれぐれも殿下に、ご迷惑をかけないようにね」

「そんなこと、十分分かりきっておりますわ、お姉さま」

「ルディ。本当に僕なしで、大丈夫なのか?」

「だ、大丈夫ですわよ!」


 だってもう、どれだけ望んでも、この人はお姉さまのもので、私のじゃない。


「いつまでも、子供扱いされるのも困ります。私、もう気持ちだけはとっくに独り立ちしておりますのよ。聖堂の仕事だって、ちゃんとやっているつもりだし。お姉さまやマートンの手を、いつまでも煩わすつもりはございませんから」


 扇を広げ、上から目線でフンと鼻息を鳴らしてみせる。


「私も、一人でお忍び旅行くらいできます。リンダも一緒ですもの、ご心配にはおよびませんわ」


 『リンダも一緒だから大丈夫』って、まるでリンダが私のお守り役のよう。

まぁ、今までもずっとそうなんだけど……。


「……。そうね。リンダも一緒なら、大丈夫かもね」


 それでもお姉さまは、心配そうにマートンを見上げた。

彼はにっこりと優しい笑みを浮かべると、その大きな手で私の頭を撫でる。


「ちょ、マートン! そういうのは、もうやめてください」

「そうなのか? ルディ」

「当たり前です」


 彼にはもう子供扱いされたくないし、そんなところをリシャールにも見られたくない。


「そうか。今度から気をつけるよ」


 マートンはほんのわずかに、寂しそうな笑みを浮かべた。


「困ったことがあったら、いつでも相談しにくるんだぞ」

「はい。もちろんそうするわ」


 そんな彼に、何だか少し緊張するような強ばった気分になって、自分が自分に困っている。

私が二人に背を向けようとした時、リシャールは完璧な貴公子の仕草で丁寧に頭を下げた。


「では、ボスマン研究所まで無事二人を連れ戻って参ります」

「よろしくお願いしますね。リシャール殿下」


 よく考えたら、この人にそんな手間をかけさせる必要なんて、全くなかった気がする。

お姉さまの言う通りだ。

どうしてこんな……。

二人の姿が見えなくなってから、リシャールはからかうように上からのぞきこんだ。


「君は、マートン卿のようなタイプが好みだったのか」

「何がですの?」

「いや。だったら君も、失恋中というわけか」


 あははと笑う紅い髪に、どうしてかイライラさせられる。


「私は失恋なんてしておりません。エマお姉さまに無茶なプロポーズをしたのは、あなたでしょう」

「そういえば、まだ彼女から返事をもらってなかったな」


 バカじゃないの。

そんなもの、聞かなくたって分かりきってる。

彼はまるで私を慰めるかのように、鼻で笑った。


「いいじゃないか。あんな真面目で固そうな男は、君には似合わないよ」

「あなたは一体、人のどこをどう見てそんなことをおっしゃっているのかしら」


 彼はそれには答えず、目だけで笑っていた。


「とにかく、そうと決まれば善は急げだ。ルディ、明日中に書簡をボスマン研究所へ送り、そのまま乗り込むぞ」


 意気揚々と歩く彼のステップに合わせ、紅い髪がふわふわと軽やかに揺れる。

彼はキョロキョロと周囲を見渡したかと思うと、ひょいと窓から外へ飛び降りた。


「ちょ、リシャールさま?」


 迷路のように入り組んだ通路や建物を全て乗り越え、屋根伝いに一直線に滞在している部屋へ戻っていく。

最後の壁を乗り越えると、ふわりとその向こう側へ紅い髪が消えた。


「本当に、なんなのあの人……」


 自由すぎる姿に驚く胸を抑えながら、私も彼との出発に備え自室へと急いだ。

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