第9話

 世界樹の庭に立ち入ることの出来る人間は、特別に許可された者だけだ。

高い石垣に囲まれた円形の庭は城の中心部にあり、入り口には鉄格子がはめられ、番兵によって常に警備されている。

エマお姉さまの成人を祝うパーティーで開放されたのが、異例中の異例だったくらいだ。

その前は私の誕生を祝う生誕パーティーだったと聞いている。

もう16年前の話だ。

もちろん中にあるものは、枯れ葉一枚土塊一つ、持ち出すことは許されていない。

一日数回の聖女たちの祈りの時間にだけ、門が開き中へ入ることが許されている。


「私がいまここで、お返事出来るものではございませんわ」

「そこをなんとか!」


 マセルはボスマン博士を振り返った。


「ブリーシュアの世界樹の庭の土なら、初めての成果となりますよね! 僕がまだここに残って、研究を続けられる成果となりますよね!」

「それは……、なんとも言えない。庭の土から何が出てくるかによる。ただ、世界樹の庭の土を分析し、公表した研究者は、他にいないことは確かだ」

「ルディさま!」


 気づけば、全研究員全ての視線が集まっていた。

私だって、協力したい気持ちがないわけじゃない。

ボスマン博士が、白髭で隠れた重い口を開いた。


「私も調べられるのなら調べてみたい、もっとも興味深い場所ではある」

「で、ですから、私の一存では、お返事出来ないと申し上げているのです」


 リシャールの紅い目が、私の視線と重なった。


「私からもお願いしたい。どうすればいい?」

「まずは、聖女であるエマお姉さまの許可をいただかないと。そこから王と議会に申請して、許可が出ればあるいは……」


 リシャールが不意にピンと背筋を伸ばした。

胸に手を当て、私に向かって丁寧に頭を下げる。


「ルディ王女。エマさまへのお取り次ぎをお願いしたい。私はこの世界の世界樹と、そこに暮らす人々を救うためにここへ来た」

「聖女のためではなくて?」

「聖女もまた国の民だ」


 あぁ、ようやく分かった。

この人は私と似ているのだ。

私に聖女としての力がないように、男として生まれたこの人にも瘴気を払う聖女の力はない。

だけど、人々を守りたいと思う気持ちは、同じなんだ。


「分かりました。努力してみましょう」

「本当か!」


 研究所内が、一気に湧き上がる。


「ただし、上手く行くかは分かりませんし、すぐにことが運ぶ保証は、どこにもありませんわよ。かけあってみるだけです」

「ありがとうございます!」


 赤茶色の髪のマセルが、飛び上がって喜んでいる。

その横で、リシャールは再び私の目を見つめた。


「ルディ。私に出来ることならいくらでも協力する。レランドを代表して、君に感謝する」

「だからまだ、それには気が早いと……」


 いくら釘をさそうとしても、もう誰も話を聞いてはいなかった。

ボスマン博士は、庭の土からどんな新発見があるか、子供のように目を輝かせてマセルと語り始めている。

もっと精度のいい分析方法を使って、どんな微量な成分も逃すこと無く測定するつもりのようだ。

そのための分析方法を新しく考えてみようと、すっかり盛り上がってしまっている。

もしこれで土から他にない成分や特徴が発見されれば、それは素晴らしい成果になると。

気の早い所員たちに半ば呆れながらも、微笑ましい気持ちになる。

世界はこうやって、誰かの手によって守られているのだ。

そんななか、ふと視界に入ったのは、厳しい表情を崩さないリンダだった。

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