第3話

 ズラリと並んでいるのは、若い研究員ばかりだ。

歓迎ムードとは程遠い彼らの視線を浴びながら、案内に従い廊下を進む。


「お二人は、ボスマン博士にお会いしたことは?」

「私はありませんの」

「何度か学会で。顔を見たことはあるけど、話したことはありません」


 貴族の館を譲り受け改築したという研究所は、古さは目立つもののしっかりとした作りをしていた。

天井は背の高く、壁や窓にも簡単ではあるが植物の彫刻が施されている。

深い緑色の絨毯の上を所員に案内され、応接室のような所に通された。


 ソファとテーブルが用意された小さな部屋には、明らかに商人と思われる男性数人が座っていた。

彼らは私たちの姿を見たとたん、慌てて立ち上がる。


「いえ。そのままでよろしいのよ」

「そういうわけには参りませんよ。お嬢さん」


 聖女見習いの制服を着ているせいか、彼らは私を王女と気づいていないらしい。

リシャールの前でひざまずくと、丁寧に頭を下げた。


「ブリーシュアの第一王女であり聖女であるエマさまの名代として、こちらにお越しになるとお聞きしておりました。レランドの第一王子、リシャール殿下でございますね」

「あぁ、いかにも」


 私はリンダと共に、リシャールの後ろに一歩引き下がる。


「控えておりました他の商人たちは皆リシャールさまがお越しになると聞き、ここで待機しているのをお譲りしたようにございます。ですが私どもは、遙かミルトランドの地から参ったのでございます。本日のボスマン博士との面会まで、二ヶ月待たされました。今日この機会を失うと、我々は次にいつ会えるのか分かりません。どうか私どもが殿下より先に面会することをお許しいただきたく……」


 リシャールはチラリと私を盗み見た。

「うん」と小さくうなずくと、彼はにっこりと笑みを浮かべる。


「もちろん構わないよ。突然押しかけて邪魔をしたのは、私たちだからね。ゆっくりと必要なだけ博士と面談すればいい」

「ありがとうございます!」


 ノックが聞こえ、面会希望者が呼ばれる。

彼らは逃げるように、続き部屋の扉へ吸い込まれて行った。


「ルディ。君が聖堂の制服なんかで来るから、誤解されてるじゃないか。そのままでいいのかい?」

「これが私の、本来の正装ですわ」


 私は灰色のスカートの裾を持ち上げると、わずかに膝を折り曲げてみせる。

誰になんと言われようと、この制服を着ている限り、私は聖女だ。


「なるほど。君がそう言うのなら、承知した」


 リシャールはソファの上にドカリと座ると、サラサラとした紅い目で見つめる。


「ま、言動にクセの強い方々のお相手は、我々は多少は慣れていますからね。あなたもそうでしょう? ルディ」

「そうですわね」


 科学者とはあまり接することはないといえ、大臣や貴族のタチの悪さは特別だ。

難くせ着けていくらでもゴネて来る連中の相手が務まらないことには、王族なんてやってられない。


 どれだけ待たされるかと思っていたのに、意外にもすぐにドアはノックされる。


「次でお待ちの方、どうぞ」

「私が行こう。二人はついてきて」


 リシャールは立ち上がると、開かれた扉へ向かって歩き出す。

私とリンダは顔を見合わせ、互いの意志を確認し合うように「うん」とうなずいた。

彼女のためにも、この世界で苦しむ全ての人たちのためにも、リンダの研究は後押ししたい。

聖女見習いのグレイのワンピースの裾をくるりと翻すと、ボスマン博士の待つ部屋へと足を運んだ。

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