第4話

「私はこれからリンダ嬢の研究内容について、より深いご考察をうかがうつもりなので、出来ればご遠慮いただきたいのだが」

「それをさせないために、ダンスにお誘いしているのですわ」


 紅い目がリンダをまぶしそうに見下ろす。


「私はここで、歓迎されていないのかな」

「歓迎していればこそですわ。私と二度も踊れることを、名誉としてくださってかまいませんのよ」

「ルディさまは、ぜひもう一度私と踊りたいと」

「リシャール殿下と踊れるのなら、私にとってもこれほど誇らしいことはございませんわ」


 リシャールはまだ離れたくないのか、握ったリンダの手を離そうとしない。


「ほら。早くしてくださいませ。次の曲が始まってしまいますわ」


 彼の目の前で、ヒラヒラと手を振る。

はしたないし無礼な振る舞いだと分かっている。

だけど、こうせずにはいられない。

ムッとしたリシャールの横で、リンダは声をあげて笑った。


「あはは。殿下。私とはまた話す機会もあります。今夜はルディさまとのダンスを楽しんでください」

「あなたはそれでよろしいのですか?」

「もちろんです。お二人には、ぜひ仲良くなっていただきたいので」

「全く。困った方ですね」


 リシャールは渋々彼女の手を放すと、仕方なく私の手を取った。

そこに礼儀的にキスをする。


「リンダ嬢にそう言われては、仕方がありません」


 彼の手が腰に回り、重ねた手がグイと引かれた。

王子さまらしい機敏で無駄のないステップで、あっという間に広間の中央へ躍り出る。

にこやかに笑みをたたえた気品あふれる上品な顔のまま、彼は本心を吐き出した。


「お前、正気か。俺に気でもあるのか」

「あるわけないでしょ。他の女の子と踊られるくらいなら、私は恥も外聞も気にしないということですわ」

「チーズみたいに?」

「チーズみたいに!」

「そうか、分かった。お前のその根性だけは認めてやる」


 爽やかな笑顔のままそんなことを言い放つこの人は、やっぱり信用ならない。


「私が聖女でなくて残念でしたわね」

「あぁ、そうだな。それを知る前は、危うく無駄に口説いてしまっていた。身分といい聖女の資格といい、丁度よかったのにな」


 隣のカップルとぶつかりそうになって、ステップが乱れる。

彼は私が転ばないよう、体を支え華麗にそれを避けた。


「さっさと終わらせるぞ」


 大きなステップで一歩を踏み出す。

その力に引かれ、大胆に体が傾いた。

彼は私の体を支えながら、きらめく笑みを浮かべる。


「俺はここへ、仕事に来てるんだ」

「そんなもの、存じ上げておりますわ」

「ならいい。これ以上余計なマネをするな。さっきエマさまにも、釘をさされたばかりだ」


 腕の中で振り回されるように踊りながら、なんとか彼を見上げる。

真っ直ぐに前を向いた横顔は、もう愛想笑いを浮かべてはいなかった。

「余計なマネ」ってどういうこと? 

お姉さまと、どんな話をしたの? 

どんなに嫌がられても、彼を邪魔することは止められない。

卒の無いステップで、ダンスが終わる。

それ以上何も話さないまま、私たちは踊り終えてしまった。

お辞儀が終わると、彼はサッと立ち去る。

その後ろ姿を追いかける気には、もうなれなかった。


「殿下とのダンスはどうだった?」


 リンダが口いっぱいにジジルのパスタをほおばりながら、近づいてくる。


「どうだったもなにも、別に初めてじゃないですもの」

「楽しかった?」


 もぐもぐと咀嚼した後でゴクリとそれを飲み込むと、リンダは興味津々と尋ねてくる。


「楽しくなんかないわ。これは仕事よ。仕事であって、義務でもあるわ」


 振り返ると紅髪の彼は、今度は兵士たちに囲まれていた。

リラックスした様子で語らうその姿は、女の子たちと接している時とは全然違う。


「リンダこそ、もうあの方とはお話しにならなくてもよろしくて?」

「さぁ、どうなんだろ。殿下しだいじゃない?」


 リンダは今度はサンドイッチに手を伸ばすと、それを口いっぱいにほおばった。

どれだけ食べても太らない体質なのが、うらやましい。


「帰ろっかな」


 何だか少し、疲れてしまった。


「え。殿下の邪魔しなくていいの?」

「……。もう、邪魔はしないわ。彼も仕事だもの。それにさっき、余計なことをするなって叱られたばかりだわ」


 自分が彼の迷惑になっていることが、なぜだか申し訳ない。


「そんなことで、ルディがへこむ?」

「きっと疲れてるのよ。色々あったし。もうパーティーも終わりの時間だわ。早めに休むから、殿下に何か聞かれたら、よろしく言っておいてくださらない?」


 リンダは返事の代わりに、「うんうん」とうなずく。

今度は口に、ミートボールが詰め込まれていた。

賑やかに語らう殿下を残して、会場を後にする。

彼に嫌われてまで、彼の邪魔はしたくない。

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