第8話

「誰だ!」


 飛び起きた紅い目と目が合った。

私は首筋に張り付いた落ち葉を取り払う。


「先ほどの話、全て聞かせていただきましたわ。あなた方の目的は、この国の聖女を自国に連れ出すことだったのですね」

「ほう。伝統あるブリーシュアの王女ともあろう方が、立ち聞きとは恐れ多い」


 リシャールはゆっくりと立ち上がると、私の出方を計算し始めている。

紅い目が慎重に私を推し量っている。


「あなたは純粋な気持ちで、姉に結婚を申し込んだのではなかったのですね」

「それは違いますよ。どうして私の本当の気持ちを、あなたに知ることが出来るのです?聖女としての肩書きだけでなく、私があの方自身を想う心に、嘘偽りはありません」

「だけど今、確かに聖女を国に連れ帰ると聞こえましたわ」

「『聖女なら誰でもいい』などと言っていません。私は自分の愛する人と共に、国に戻りたいと言っている」

彼は表情を和らげると、優雅に王子の笑みを浮かべた。気品あふれる洗練された上品な仕草で、手を差し伸べる。

「あなたはどうしてこちらへ? こんなところにまで、私を探しに来てくださったのですか?」

「あなたに姉は渡しません」

「それを決めるのは、彼女自身だ」


 夜風がザワリと奥庭を横切った。

夏の終わりの生暖かい風が、二人の間を通り過ぎる。

鋭い眼光をたたえた紅い目を、正面からにらみ返した。


「最低。お姉さまだけでなく、この国の聖女たちには、指一本触れさせませんから」

「それは頼もしい。あなたのような強気な女性も、嫌いではないですよ」


 彼は余裕たっぷりに微笑んで見せた。

こんな人たちに、世界樹を守る大切な聖女を渡すわけにはいかない。


「絶対にあなたから、この国の聖女を守ってみせますわ!」


 夜の奥庭を後にする。

信じられない。

少しでも彼との約束を真面目に果たそうとした自分がバカみたいだ。

何が「また会いたい」よ。

やっぱり誰にでも同じこと言ってたんじゃない。

しかも相手にするのは聖女限定? 

ふざけすぎ。

酷い。

あり得ない。

人をなんだと思ってるの? 

そんな人だったなんて、最低の最低。

最悪の最悪。

危なかった。

騙されるところだった。

だけどもう大丈夫。

絶対にそんなことしない。

させない。

やらせない。


 夜の風に吹かれ、さっきまでの熱が全身を駆け抜ける。

魂の全てがその風と共に夜空へ吸い込まれてしまったみたいだ。

崩れ落ちそうな膝を奮い立たせ、前へと引きずり出す。

あんな人だったなんて、信じられない。

怒りと悔しさと惨めさに情けなく震える体を抱え、夜の奥庭を後にした。

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