第3話

「聞いてはいたんだ。我が国からこの研究所に入った研究員がいると」

「はは。過去にはレランドの者で所属していたのは僕だけじゃないですけどね。今現在では……。そうかもしれません」


 彼は少し申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

色白で華奢なところはリシャールと変わらない。

そんなマセルに与えられていた実験スペースは、他の所員に与えられている広さの半分ほどだった。

実験器具もないわけではないが、他の所員たちほど種類も数も多くない。

本当に間借りしているだけのような雰囲気だ。


 リシャールは棚にあった土の標本を手に取る。

赤茶けた砂のようにサラサラとした乾いた土には、『ゲイン』と名付けられていた。

レランド王国の一地方の名だ。

他の瓶にも、様々な地名の書かれた土の標本が並んでいる。


「君は、レランドの土壌を調べているのか」

「はい。レランドは世界樹の育ちにくい土地です。育ちやすい土地との土壌の違いについて調べています」

「成果は?」


 そう聞いたリシャールに、彼は困ったように肩をすくめた。


「まだなんとも。レランド全土を調べても、余り意味はないので……」

「そうか」


 彼はリシャールに、これまでの研究報告を始めた。

様々な土地の地質やそこに含まれる成分を調べてはいるが、どれも決定的な違いはないという。


「やはり、聖女が必要ということか」

「現状では、そうとしか言えません。我が国の聖女の平均寿命が、他国と比較し群を抜いて短いのも、おそらく生育環境が原因かと」

「そこの比較はないのか」

「聖女に関する研究は、各国の規制が厳しく、しかも協力者も乏しくて……」


 マセルの茶色い目が、チラリと私を見た。


「あの! あなたは聖女見習いの方ですよね! 殿下のお知り合いなら、私に協力していただけませんか! 家系に他に聖女がいるかどうかと、日常生活に関する聞き取り、それと……。少々採血をお願い出来れば……。よろしくお願いします!」


 ガバリと頭を下げられ、リシャール付きのお供として心地よい返答を期待されても、そうでないから困る。


「申し訳ないけど、私はあなたにご協力は出来かねますわ」

「そんなぁ! 殿下からも一言お願いしますよ」

「彼女は聖女ではないんだ」

「え? じゃあなんでブリーシュアの聖堂の乙女の制服を着ているのですか? 聖女候補でもないのに?」

「そういうこともある。と、いうことですわ」


 聖女の資質のある者でも、それを隠したがる者は多い。

世界樹に関わりさえしなければ、普通の人生を送れるからだ。

そうでもないのに、自ら進んで聖女を名乗る者はいない。


「では彼女も、聖女ではないということですか?」


 彼は熱心に研究員と語り合うリンダを振り返った。


「君たちが聖女でないのなら、関わっても何の得もないじゃないですか」

「それを私がお答えする義務はありませんわ。知りたければご自分でお聞きになればよろしくてよ」

「では、なんのための制服なのですか?」

「誇りよ。私は私であるというための」


 意味が分からないとでもいうように、マセルは首を横に振る。


「私の血でよければ、いくらでも採血かまいませんけど」


 袖をめくり突き出した腕に、彼はため息をつく。


「聖女の体でないと、意味がありませんよ。献体はとても貴重なものです。体のサンプルは取引されていますが、信頼のある業者でないと高額のニセモノを掴まされます。自分が聖女であることを隠したがる人はとても多いですからね。聖女に関する研究が進まない要因です」


 マセルは批難するような目で私を見上げた。


「だから、あなたのような偽聖女には、本当に困ってるんです! 聖女だと偽り髪や体液を売ってる連中が後を絶たない!」

「それは別の部署に訴えなさい。取り締まりはされてるでしょ。言いましたわよね。この制服は私の誇りだと。誰に何を言われても脱ぐ気はなくてよ」

「あぁ~もう! そんなこと言ってるのは、変わり者で有名なこの国の第三王女くらいですよ! あの姫さまは聖女でもないくせに聖堂なんか建てて、なかで自分の好き勝手に……。って、まさか……。そうじゃないです……よね……?」


 何かに気づいたのか、マセルは急に大人しくなった。

おずおずと私との距離を取る。


「まぁ、そっか。異国の第一王子に、聖女見習いを二人もお供に貸し出すなんて、ありえませんよね。そりゃ監視役もつくっていう話で……」


 マセルはぐったりとテーブルの上に倒れ込んだ。


「僕、死刑ですか?」

「私はそこまで落ちぶれていませんわ」

「投獄で済みます?」

「あなたが入りたいのなら」

「あぁ! そんなことより聞いてくださいよ、殿下!」


 彼は突然話題を変えた。


「僕がここにいられるのも、あと少しなんです!」

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