第13話 再び!保安隊

 午後14時。半太郎は保安隊庁舎のエントランスにある待合席でとある人物を待っていた。

 エントランスの中は薄暗く、天井が無駄に高い。コォーン、コォーンと甲高い靴音が空虚に響き、無駄な緊張感を空気に伝えている。エントランスで待つ住民達は、それぞれが不安なような落ち着かないような表情で手元の整理券をジッと見つめていたり、モバイル端末を弄ったりして座っている。

 懐かしい風景だ。つい二週間前まで、自分はあのカウンターの向こう側にいてエントランスで待つ人達の様子を見ていたのだ。それが今ではこうして自分も住民の一人に紛れている。不思議な気持ちだった。

 ちなみにクリスは以前から調べていたことの結果がわかるとかで、本日は別行動である。なんでも『クスリの現物を拝めるかも知れねぇ』とのこと。詳しくは聞いていない。

 受付から十数分、職員用出入り口から顔を出した人物がキョロキョロと待合室の中を伺い半太郎を見つけると、手をあげて明るく声をかけてきた。


「おう、半ちゃんお待たせ! 久しぶりだけど、元気だった?」

「ご無沙汰ご無沙汰。元気だよ」


 半太郎は腰を浮かし、手をあげながら近づいていった。

 彼は保安隊捜査課に所属しているモーリー・ルブルラン。半太郎の同期だった男で、保安隊時代はよくご飯に連れ立っていた。


「就職先、見つかったんだって?」

「耳が早いね。おかげさまで」

「本当に良かった。ずっと、心配だったんだよ」


 モーリーを初めとして、保安庁内の半太郎の友人達は、半太郎のことを心から心配していた。その声は半太郎に届いていたし、半太郎はそれが凄く嬉しかった。「ありがとう」と小さく呟いた言葉は、庁舎の喧噪にかき消されてしまった。

 半太郎はモーリーに案内されて庁舎の中に入って行った。適当な近況報告などをしているウチに、会議室に辿り着く。促されるまま中に入り、お互い席について向かい合った。


「それで? 昨日はどうしたの? 突然聞きたいことがあるって言ってたけど」

「あー、それなんだけどね」


 半太郎の今日の目的は、赤髪の男の情報が保安隊にあるかどうかを調べ、あるならば情報を提供してもらうことだ。その赤髪の男は、工場にあったビデオを盗んだ可能性がある。手がかりを掴めれば、黒幕の正体に近づけるかも知れない。

 しかし、ことはそう簡単ではない。保安隊には秘密保護の原則がある。部外者に隊が掴んだ情報を提供することなど、ごく希にある例外を除けば皆無だ。そしてそれは、元保安隊員とは言え今は保安隊を去った半太郎にも適用される。今は部外者である半太郎に情報を漏らすことは出来ない。自分自身が保安官だったからこそ、痛いほどわかった。


(けど、それでも、諦めるわけには行かない。手に入れるための作戦は立ててきた。後は、挑むだけだ!)


 半太郎は一つ深呼吸をして、モーリーに向き合い、ゆっくりと口を開いた。


「単刀直入にお願いしたい。赤い髪の男を探してるんだ。保安隊のデータベースに、ワクムという名前の男はいないか、教えてくれないかな?」


 話を切り出した半太郎に、モーリーは渋い表情を見せた。


「……やっぱりそうか。半ちゃんから、少し話したいって言われたから、何かあるんだろうなとは思ったけど、まさかそういう話だったとはね」


 モーリーは手を机の上で組むと、眉尻を下げた。


「半ちゃん、キミもわかってると思う。悪いけど、部外者に情報を教えることは出来ない」


 当然の返答だ。半太郎だって、同じ立場ならそう言った。だが、それで引き下がるわけにはいかない。


「もちろん、ボクがキミの立場でもそう言うと思う。無理は承知の上なんだ。でも今回はどうしても教えて欲しいんだ。お願いします」


 半太郎がとった作戦は、真摯にお願いをすることだった。

 駆け引きや、取引をする手もあったのかもしれない。だが、腹の探り合いは半太郎の得意とする所ではなかったし、友達にお願いをするのに取引をしようと考えるのはかえって失礼だと考えた。

 モーリーはそんな半太郎の姿に罪悪感を覚えたが、それでも規則は守るべきだと考えた。


「頭を下げても、難しいものは難しい。残念だけど」


 苦しげに拒絶した。

 会議室に重い沈黙が流れる。正念場だ。半太郎はお腹にグッと力を込めて、持ってきた鞄の中から資料をいくつか取り出した。


「……ワクム。ワクム・コリネアという男だ。王国出身で、この町に渡ってからは職を定めずに転々と移っている」


 突然、赤髪の男の詳細について話し出した半太郎にモーリーは目を白黒させる。驚いて席を立ち上がった。


「いったい、何を!?」

「調べたんだよ」


 半太郎は涼しげに答えた。


「赤髪の男について、使える人脈は全て使って調べた。足で情報を稼ぐのはボクらの専売特許だっただろ?」

「……!」


 モーリーは口を愕然と開いた。驚いたことに半太郎は、赤髪の男についてできる限りの調査を、保安隊に来る以前にはすでに終えていたのだ。


「他にも生みの家族の居場所、職場での評判までは調べている。だけど、今いる場所だけがわからなかった。保安隊なら、もっと詳しいことだって調べられるだろう? だから……!」

「でも、なぜなんだ!」


 モーリーは右手を振って、勢いよく机に叩きつけた。


「なぜこの男をそうまでして調べようとするんだ? 彼はいったい、半ちゃんになにをしたんだ?」

「……彼が手がかりなんだ。詳しくは言えないんだけど、彼だけが手がかりで、生命線なんだ」

「詳しく言えないって。保安隊にも言えないようなことなの?」

「いいや。友達に言えないことだよ」


 半太郎はまっすぐモーリーを見据える。その言葉に、嘘はない。半太郎は友達を巻き込むつもりなどさらさらない。

 モーリーは頭を振って、ため息をついた。


「……危険なことなんだね」


 半太郎は黙って頷く。モーリーが続けた。


「半ちゃんは保安隊を抜けたんだよ。危険を冒す理由なんてないだろ? いったいなんのために、こんなお願いまでするんだ?」

「生活のために」


 そう言えば、彼に負い目が生まれることを、半太郎は知っていた。モーリーは見てきたからだ。半太郎の身に降りかかった不幸を。職を失い、そして中々就職先が見つからなかったことを。


「ボクの生活のために、ボクは働かなくちゃいけないんだ。どうか、お願いします」


 そうして、半太郎は再び深々と頭を下げた。

 元々、分の悪い賭けではなかった。半太郎の呼び出しに応じて、こうして時間を作ってくれたこと。そして保安隊時代によくしてくれたこと。未だに半太郎を友達と言ってくれること。


「半ちゃん……。オマエ、そんな風なヤツだったっけ? オレの知ってる半ちゃんはもっと……」


 モーリーは口をパクパクとさせるが、肝心な部分が言葉に出来ない。

 モーリーは情を捨てられない。モーリーは友情に答えてしまう。半太郎はそう読んでいて、そしてそれは正しい。

 モーリーはやがて観念したように立ち上がると、静かに言った。


「今回だけだ」

「……ありがとう」

「二度とないからな。本当だからな。あー、待ってて。今、書架に言ってそれらしい資料をもってくる。ワクムという男で、赤髪なんだな」

「あと、商工会議所近くの工場に勤めている」

「そこまでわかってるならここに来る意味……。いや、いいよ。オレが折れたからな」

「何かわかる?」

「赤髪なんだろ。そう珍しくもない。すぐに戻ってくる」


 モーリーはそう言って、席を立った。

 自分の企みがなんとか上手くいって、半太郎は息を吐く。全身から力が抜けて行きながらも、とりあえず安堵する。

 そんな半太郎のポケットに入っていた携帯が、振動していることに気がついた。


「誰だろう……」


 画面に表示されていたのは、公衆電話の番号である。不審に思いながら出てみると、電話口の向こうから聞こえてきたのはクリスの声だった。


「ああ、クリス? どうしたの? こっちは、なんとかワクムの情報が得られそうだよ」


 だが、クリスはまったく緩やかでない剣幕で半太郎に怒鳴ったのだ。


「馬鹿野郎! そんなこと言ってる場合じゃねぇよ! やべぇことがわかった!!!!」


 思わず一瞬耳を携帯から遠ざける。


「――!! ご、ごめん。ちょっと耳がキーンってなってた。それで、何がやばいって?」


 落ち着いて訊ねる半太郎と対象的に、クリスは興奮した様子だった。


「あのな、落ち着いて聞けよ」

「落ち着いてるよ。そっちだろ? 落ち着かないとなのは。で、何?」

「ウイルスだ」

「へ?」

「誰かが、町中の人を全員ぶっ殺そうとしてるかもしれねぇ!」


 あまりに突拍子もない言葉が、半太郎の鼓膜にへばりついたのだった。

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