第4話 これは噂なんだけど

 保安隊の庁舎を出て、半太郎がまず向かったのは町で一番大きな病院だった。

 そこは保安隊の健康診断でもお世話になっている病院だったので、担当の先生に自分の身体のことを確認したいと考えたのだ。


 平日だというのに、病院の中は混み合っていた。老人をはじめ、子供や半太郎と同じくらいの年齢の人の姿も見られた。

 受付から三十分ほど待って、ようやく半太郎の名前が呼ばれた。


「ですから、あなたの身体にウイルスがあるというのは、間違いないと」

「……はい?」


 間の抜けた声を出した半太郎に、医者は神妙な面持ちになると深々と頭を下げた。


「お気持ちはお察ししますが、事実です。大変申し訳ありませんでした」


 半太郎は頭を下げる医者に食ってかかるように、前のめりになり声を荒げる。


「いやいやいや、待って下さい。待って下さいよ。ちゃんと説明してください」

「はい、ご納得いただけるまで何度でもご説明させていただきます。まずは身体の中の数値についてですが」

「や、やっぱいいです。言わなくて大丈夫です」


 もうこの説明は何度も聞いていた。

 医者は半太郎の言葉に顔をあげる。


「そうですか? ではご納得いただけましたか?」

「それとこれとは別です。納得出来るわけがないでしょう、そんないきなり病気だクビですって言われたって。せめてクビ取り消して下さいよ」

「出来ませんよ。私は上司じゃないんですから」

「えぇー……」

「あー、ため息ついた! ため息とかついちゃうんですね!」

「裁判所でますよ?」

「申し訳ありませんでした」


 猛省して欲しい。

 半太郎は姿勢を直し医者に向き直ると、縋るように医者の顔を下から覗き込んだ。


「……仮に、ボクにウイルスがあるとしても、それでも仕事を続けてはいけないのでしょうか。どこかで働いてはいけないのですか?」


 半太郎にはお金がない。お金がなければ田舎の実家に仕送りをすることも出来ない。働けないのは死活問題だった。

 医者は半太郎の悲痛な質問に、答えあぐねるように顔をしかめると、言い聞かせるようにゆっくりと、


「出来ますよ」

「無理だなんてそんな……。ボクは、働かなくちゃ駄目なんです。田舎の母と妹に仕送りをしなくちゃならないんです。なんとかならないんですか? ほら、クスリとか、治療とかで……」

「だから出来るって」

「へっ?」

「出来ます。人の話は最後まで聞こうよ」


 あきれ顔の医者の顔を思わず二度見した。


「…………え、働いていいんですか?」

「良いですよ」

「ボク病気だからクビだって言われたんですよ」

「でも、石化病は別にエアロゾル感染はあまりないウイルスだし、今は症状もなくて本人が希望するなら、働くのは大いに結構だと思うんですがね」

「じゃあ、なんでクビになったんですか?」

「知らないですよ。私はあなたの上司じゃないんだから」


 それもそうだった。


 病院を後にした半太郎の心は存外軽い気持ちになっていた。なぜなら、保安隊をクビになった時、ハッキリ言えば半太郎は、もう働けないだろうと半分覚悟をしていたからだ。

 だが、病気――らしい半太郎でも、働けるというのだ。医者がいうのだから、間違いない。


「病気は、もう仕方ない。受け入れるしかない。保安隊だって、離れ難かったけれどしょうがない。くよくよしている暇はないぞ半太郎。お母さんとリリサを安心させるためにも、頑張らなくっちゃ」


 そのためにやることは決まっていた。

 再就職だ。


「仕事があれば、それでいい。保安隊でなくたって、いいんだ」


 幸いこの町は仕事に溢れている。もう駄目だと落ち込むのはそれからでも遅くはない。


「そうと決まれば、善は急げだ! 早速履歴書書かなくっちゃな!!」


 大きく深呼吸して、肺に溜まっていた陰気を吐き出した。

 こうして半太郎の就職活動が始まった――。



 そして二週間後、半太郎の就職活動は暗唱に乗り上げた。


「どうしてどこも雇ってくれないんだよぉ!! 王国のバカやろーー!!」


 勢いよく飲み物を呷って、ジョッキを乱暴に机へ叩きつけた。

半太郎の就活は、まったく上手くいっていなかった。何枚も何枚も、丁寧に履歴書を書き、何回も何回も面接を受けたが、クビを縦に振ってくれる企業は一件もなかった。その場では会話が弾んだとしても内定にまでは辿り着かなかった。何か大きな力が働いているとしか、考えられない事態だ。


「おい、あんまり大きな声で王国の愚痴を言うもんじゃねぇよ。秘密警察が張ってるかもわかんねぇんだぞ」

「ごめんなさい……。うぅ、ボクなんて、どうせ駄目でチビで雑魚モブおじさんなんだよ……」

「泣くな泣くな。今日はオレの奢りにするからさ」


 めそめそと嘆く半太郎を保安隊時代の同僚が慰めてくれる。

今日は友人に居酒屋に呼び出され、二人っきりで久々の食事をしていた。彼は半太郎が上京してきた当初からの付き合いで、半太郎のことをよく見てくれる男だった。


「だいたい、副長官も酷い人だよな。半太郎は、医者からは働けるって言われたんだろ? だったら解雇を取り消しにすれば良いのにさ」


 半太郎が解雇されてから、保安隊内では少なからず不穏な空気が漂ったらしい。友人によれば、隊の中で「半太郎は暗部に触れたから解雇された」「半太郎が副長官の奥さんと浮気関係にあるらしい」といった噂が流れたそうだ。中には「半太郎は実は秘密警察からのスパイだった」というとんちきな噂まであったとか。


「それにしても、無事で良かったよホントに。何も言わずにいなくなるんだから、皆、半太郎のこと心配してたんだぜ?」

「ありがとう。その優しさが心に染みるよ……」


 心に染みて、心が冷えて、心の風邪になってしまいそうなくらい。


「……っていうか、なんだって半太郎が就職できないんだ? おかしいって、絶対。詳しいことはわかんないけどさ、半太郎保安隊だったんだから、普通の人よりは運動も勉強もしてたと思う。そりゃ、仕事選べば違うかもしれないけど、選ばなけりゃなんだってあるだろうに。オレが採用担当だったら、絶対半太郎を採用するけどな」

「それこそ、陰謀があるんだったりして」

「ありえる。副長官が浮気の腹いせに各所に通達を回したとか」


 ケラケラ。


「どの道、就職できなかったら終わりだぁ。なんとかしたいけど、自分じゃどうにも出来ないし。そもそも履歴書が通らないんだもんな……」

「どうするんだよ。地元に帰るのか?」

「ありかもね。出来れば、戻りたくはないけど、どうにも手がなくなったら、そうしなくちゃならないかも」


 半太郎は地元が好きではない。それについてのあれこれはここでは割愛するが、半太郎は地元を家出同然の形で飛び出していた。

 しかし、仕事がなければ話は別だ。無職で金を浪費するくらいなら、自分の拘りなど捨てた方がましである。


「キミたちと一緒に働けたこと、凄く嬉しかったよ。またいつか、遊びたいな。あ、でも、その前に病気で死ぬけどね。ははは」


 笑えない冗談を乾いた笑みと共に溢した半太郎に、友人は真剣な顔を向けた。


「なぁ、これは話さないで置きたかったんだけど、聞いてくれるか?」

「……なにさ、あらたまっちゃって」


 茶化そうとするが、友人は至極真面目な顔で座っている。ふざけられない雰囲気に、半太郎も空になりかけたジョッキをテーブルに置き、姿勢を改めた。


「実は、風の噂で耳にした情報だから、半太郎にするのもどうかなって思ったんだけどよ」

「わかってる。ボクのためになるかもしれないから、話してくれるんだよね。聞かせてよ」

「……この町の裏手に、集落があるのは知ってるか?」


 町の裏の集落といわれて、ピンとくるものは一つしかない。


「浮浪集落だね」


 浮浪集落。町に定住出来なかった貧しい人や移民が一箇所に集まって共同生活をする集落のこと。

主に打ち捨てられた廃墟や廃坑、山奥の広場に独自に形成されることが多く、浮浪集落の周りは治安が悪化することもあって、保安隊内部でも解消すべき大きな社会問題として考えられていた。

半太郎も町の裏手にそういった集落が形成されていることは知っていたが、立ち入ったことはなかった。


「あそこは、ヤクやウリが横行しててオレ達でも安易に手が出せないのは、知ってるよな。そこで変な噂を聞いたんだ」


 町から隔たれた集落には多くの噂が集まるものだ。隠遁した天才科学者、闇の研究所、人食いの化け物の巣など、半太郎が知るだけでも枚挙に暇がない。

 半太郎は相槌を打って先を促す。


「なんでも、あの集落には凄腕の傭兵が住み着いているっていうんだ。そいつは、どんな依頼も見事に達成する凄腕で、集落からのみならず、町の要人もそいつの力を借りたがってるとからしい」


 集落の中にいる、傭兵か。少しコミックのようなロマンが感じられる話ではあるが、それが本当だとすれば大層な噂だ。


「確かにそれが本当なら、警護や治安の維持を命題にしてる保安隊的には面白くない話になるね。でも、その話をどうしてボクに?」

「そこの傭兵、近頃求人を出しているみたいなんだ。なんでも、町の地理に詳しくて頭の切れるヤツを募集してるとか。後は、ルーツが町にないやつとも」

「なるほど、それは」


 半太郎にピッタリの条件だと言える。


「集落絡みの噂だ。嘘かもしれないし、相手は無法の輩かもわからない。でも、本当にどうしようもなくなったら、伺うだけでも良いんじゃないかと思ってさ。迷惑じゃなければだけど……」


 友人はそう言って目を伏せた。藁をも掴む思いで仕事を探している半太郎にとって、眉唾な嘘を吹き込むことに気が引けているのだとわかった。

 だが、友人が決してイタズラやからかいで半太郎に話をしたのでないことくらい、半太郎にもわかった。


「迷惑なんて、思うわけないだろ? 助かった、ありがとう」


 そう言うと、半太郎は立ち上がった。理由は単純だった。


「おい、何するつもりだよ」

「決まってるじゃん。善は急げさ! 就活に休む暇はないんだよ!」


 半太郎はもう一度友人の両手をとると、居酒屋を飛び出して町の外れへと走り出したのだった。

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