第12話 工場にて
半太郎が車を飛ばして三十分。商工会議所の前に辿り着いた。
車を降りると、スンと冷たい風が頬を横切って、クリスは思わず自分の肩を抱いた。
「で、目撃情報があった工場ってのはどれなんだ?」
「ええっと、待ってね」
半太郎はモバイル端末の地図を開いて、地図上の現在地と周囲の風景を照らし合わせると、南に伸びる小さな路地を指さす。
そこは一車線道路で、両側を建物に挟まれた見通しの悪い道だった。
「こっちに行けば着くはずだよ」
半太郎の案内で二人が路地へ入ると、間もなく角に工場が一件現れた。
「おっと、また妙な所におっ建てたもんだぜ」
その工場は小さな路地に面して口を開いた工場にしては小さな平屋建てで、中からはカンカンと機械の動く音がする。門口には『(株)オーヌキ繊維』と書いてある。
「二人で押しかける?」
「いや、同時に辺りも調べたい。手分けしようぜ」
どちらが話を聞きに行くか相談した結果、半太郎が向かうことになった。
半太郎は門から敷地に踏み込むと、正面にある工場の入り口から中の様子を伺った。
中には大きな機械がいくつも並んでいて、その中に防止を被った人達が機械のチェックをしながら右往左往しているのが見えた。ガッコンガッコンという音と共に、機械の口から美しい布が紡がれていく。
半太郎は中でも一番近くにいた職員を捕まえて、声をかけることにした。
半太郎が「すみません」と言うと、メガネをかけた職員はくるりと振り返り、軽く会釈をしてくる。
「はい。……どちら様ですか?」
「失礼しました。私、王国弁護士協会の者です」
「弁護士さん?」
職員は明らかに不審そうな態度になる。
「弁護士さんがどうしてウチに?」
「実は、私は先日町で起きたある殺人事件について調べているのですが、それに関わるこの写真の人物を先月の25日にこちらの工場で見たという人がいたんです。そこで、こちらの工場の監視カメラを確認させていただきたいのですが、少々お時間頂けないでしょうか?」
「監視カメラね……。ごめんなさい、そういう話なら、ボクじゃわからないんで、工場長に聞いてもらってもいいですか?」
「では、そうさせていただきます。工場長さんはどちらに」
「向こうの事務所で作業してると思いますよ」
職員がまっすぐ示したのは工場から伸びる廊下に繋がったプレハブの建物だった。
「案内していただけますか?」
半太郎がお願いすると、職員はその場にいた他の職員に二、三何かを告げて半太郎を案内してくれた。
職員はまっすぐプレハブに向かうと、半開きのガラスドアをノックして中に声をかけた。
すぐに中から返事が飛んできて、プレハブの奥から作業着に身を包んだ中年男性が慌ただしく顔を出す。
「オーヌキさん。なんか、弁護士協会の人が事件の捜査とかで来てます」
「捜査? なんでウチが」
「失礼しました。私、王国弁護士協会の創里と申します。突然お邪魔してすみません、今、少々お時間よろしいでしょうか?」
職員の裏から顔を覗かせて半太郎は挨拶した。
オーヌキと呼ばれた男は職員と半太郎を交互に見やると、
「あぁ、どうぞ狭苦しい所ですが」
と、数回頷きながら中へ通してくれた。
プレハブの中は狭い事務所になっていた。広さは9畳ほどで、机とロッカーとテレビが機械的に備え付けられた簡素な造りである。奥には二脚のソファが向かい合っており、ここが応接間も兼ねているのだとわかった。
半太郎が進められるままに席につくと、オーヌキはお茶を互いの正面に出して訊ねる。
「それで、弁護士さんがどうしてウチに?」
「ええ、それなんですが。先日から、町で住民が連続して不審な死を遂げる事件が発生してまして、その調査の途中で、こちらの写真の男が事件になんらかの関わりを持っていることがわかったんです」
半太郎はクスリの売人をしていた集落に住む男の写真をテーブルへと出す。オーヌキは男の顔をまじまじと見るも見たことがないとクビを横に振った。
半太郎は続ける。
「調査の結果、この男が先月の25日にこの付近の工場で誰かと密会していたという目撃情報がありました。この辺りにある工場は、ここだけですよね? そこで、先月の25日のことについて、責任者であるあなたにお話を聞かせていただきに来ました。何か、覚えていることはありませんか?」
「はぁ……、先月の25日ですか? ちょっと待っててください」
オーヌキはそう言って立ち上がると、壁に並ぶロッカーからファイルを一冊持ってきてパラパラと中を確認し始める。
やがて顔をあげると、クビを横に振って頭をかいた。
「申し訳ない。確認したんですが、やっぱり、先月の25日は工場は休みでした。私も家にいたので、ちょっとお話出来ることは何も……」
「それは、日誌ですか?」
半太郎はファイルを指さして訊ねる。オーヌキが頷くと、半太郎は続けて言った。
「少し、中を拝見しても?」
「構いませんが、大したことは書いていませんよ?」
表情を曇らせるオーヌキからファイルを受け取って中を確認する。確かに、25日は工場は休みだったようだ。
「休みの日は、工場に鍵はかけないのですか?」
「もちろんかけますよ」
「門の鍵も?」
「あぁ、……すみません。一応、規則では門の鍵もかけることになっているのですが、別に盗られて困る物があるのは工場の中だけなので、そっちは開けっぱなしになっているんです」
つまり、誰かが敷地の中に入ろうと思えば容易に入れる状態だったらしい。
「26日は、工場は動いていましたか?」
「えぇ、まぁ」
「何かおかしなことはありませんでしたか? 変なものが落ちていたとか」
「いえ、別に。なかったと思いますよ?」
パラパラと、25日から遡り今日の日付まで日誌に目を通す。
オーヌキは半太郎が全てに目を通したのを見越して、おずおずと言ってきた。
「すみません、そろそろいいですか?」
夢中で読んでいた半太郎は、「申し訳ありませんでした」と頭を下げて、オーヌキにファイルを返すと、「もう一点だけ」と指を立てる。
「まだ何か?」
「監視カメラの映像は残っていますか? 出来れば、見せていただきたいのですが……」
オーヌキは面倒くさそうに顔をしかめたが、管理室へと案内してくれた。
管理室は門から見て事務室の裏側にあって、そこには古めかしいVHSの再生機器が並んでいた。
「昔、工場が出来たときのまんまでね。データは一週間ごとにVHSで保存してるんです。一年は保存してありますから、多分、一ヶ月前のものも残ってると思いますよ」
「ありがとうございます。出来れば、一ヶ月前のものと、二週間前のものも見せていただきたいのですが」
半太郎の申し出に、オーヌキは疑問符を浮かべたが、深く考えることはせず、言われるがままにデータを再生しようとした。
だが、すぐに異変に気がつき、声をあげた。オーヌキの声に半太郎が彼の背中へ声をかける。
「どうか、しましたか?」
「いや、ないんですよ。一ヶ月前のビデオが。なんでだ?」
オーヌキは慌てて他の場所も調べるが、ビデオはやはりなくなっている。
「他の場所に保管しているということは?」
「ないですよ。ここから持ち出すなってことになってるんですから」
「……管理室に鍵は?」
「かけてます。今日も入る時かけてたでしょ?」
「その鍵を持っているのは?」
「私と管理人の二人だけです」
「すぐに管理人の方にも確認をしてください。ちなみに、カメラは24時間稼働しているのですか?」
「もちろんです」
オーヌキはそう言うと、管理人に連絡を取るために事務室へと戻っていった。
半太郎はその間に、ビデオを補完してある場所を確認する。そしてその中から二週間前のビデオを取り出すと、中のテープを再生してある日付を確認した。
確認したいことを確認し終え、手早くVHSを戻した所で、オーヌキが戻ってくる。
「どうでしたか?」
「管理人も鍵をちゃんと持っていると言ってました。盗まれたんでしょうか?」
「おそらくは。ところで管理人さんはスキンヘッドですか?」
「? ええ、そうですが、それがなにか」
「いえ……」
そう言って半太郎はぐるりと部屋を見回し、南の壁にある窓に近づくと、そのサッシを凝視した。
「ここを見て下さい。窓に細工がしてあります。恐らく、犯人はここから出入りしてビデオを盗んだのでしょう。お早めに保安隊に連絡してください」
「はい。ああ、弁護士さん、調査は」
「こんなことになってしまいましたからね。また出直したいと思います」
半太郎はそう伝えると、足早に工場を後にしたのだった。
工場を出て、半太郎は車へと戻る。そこには既にクリスがいて、車に寄りかかってタバコをふかしていた。
「おぉ、遅かったな」
「ごめん。時間かかっちゃった。そっちは何か見つかった?」
半太郎が訊ねるが、クリスは肩をすくめる。
「あちこち聞いて回ったが、有用そうな情報はさっぱりだったな。そっちはどうだった?」
クリスに問われ、半太郎はニヤリとし、
「収穫はあったよ。話すけど、一度ここを離れよう。多分すぐ、保安隊が来る」
「保安隊が? そらどうして?」
「それも含めて説明するよ」
半太郎はそう言うと、すばやく車に乗り込んだ。
クリスも助手席に収まったのを確認すると、エンジンを回して、半太郎は北へ向けて車を発進させた。
〇
「ふーん。監視カメラの映像が、ね」
移動中、一通りの説明を終えると、クリスはタバコを車載灰皿に突っ込んで背もたれに身を預けた。
「こりゃ、いよいよアタリだな。そこに映ってるのが売人と見て間違いねぇよ。だが、そうなるとますます惜しいな。一歩遅かった」
「何が?」
「だってそうだろ? ビデオを盗んだのは、そこに自分の姿が映ってたからだ。先にこっちがビデオを手に入れられれば、ヤツの正体を掴めたかもしれないってのに。でもビデオは、先に売人が持ってっちまってるんだ。それを悔しがる言葉は、惜しかった、に違いないだろ?」
「そうだね。クリスの言うことは半分正しいよ」
まっすぐに進行方向を見据えた半太郎の言葉に、クリスは髪の毛を指先で弄った。
「何だオマエ、もったいつけた言い方しやがって」
「それはごめん。でも、理由があるんだ」
「理由だぁ?」
クリスはダッシュボードに足を上げる。
「何が理由なんだよ」
「まず、ビデオを売人が持って行ったという考えは多分正しい。でも、ビデオを売人が持ち出した可能性は低いと思うんだ。だって、ビデオを持ち出すときの映像がビデオに残ったら、ビデオを持ち出す意味が薄れちゃうからね」
「あぁ……、まぁ……、そうだな」
ビデオを持ち出したのは、映像に残ったからだ。ならば、ビデオを持ち出すために映像に自らの姿を残してしまうのは本末転倒な行為だろう。カメラは24時間回っている。もし自分でビデオを持ち出そうとした場合、ビデオのデッキも破壊しなけらばならないはずだ。しかし、実際にはデッキは破壊されていない。おそらくビデオ盗難事件が早期に発覚するを恐れた結果なのだろう。つまり、ビデオを持ち出した人物は別にいることになる。
「ビデオを持ち出したのが別の人物だとしたら、それは誰なのか。事務所で日誌を読ませて貰った時にそれらしい人物の名前があった。ワクムという男だ。この人はアルバイトとして二週間前に雇われているが、すぐに工場に来なくなってる」
「つまりオマエは、そいつがビデオを盗むためだけに入り込んだやつだと考えているのか?」
「あぁ、そうだよ。二週間前のビデオを見たけど、管理人室に出入りしたのは工場長さんとスキンヘッドの人――この人は管理人さんである可能性が高い――と赤髪の人物だった。この赤髪の人物が、ワクムである可能性が高いんだよ」
半太郎の推理を聞き終えたクリスが、神妙に言う。
「それなら、急がねぇとまずいな。そう言う末端は、往々にして仕事を終えれば殺される。住所はわかるのか?」
「いいや。だから、わかりそうな人に聞きに行く」
「わかりそうな人間……? それは」
誰だと言いかけて、クリスは気がついた。
半太郎は商工会議所から北へ向けて車を走らせている。その方向にあるのは――保安隊の庁舎だ。
「せっかくの元保安官なんだ。使える人脈は使わないとね」
こうして車は保安隊の庁舎へ向けてまっすぐ走って行ったのだった。
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