第11話 現場百回、聞き込み二百回

 ゾンビ事件について捜査を始めた半太郎達は、まず一件目の事件の現場付近に来ていた。そこは閑静な住宅街で、五階建てのマンションがひっそりと佇んでいる。昼間だというのに人通りは少なく、静かだ。

 半太郎の運転で現場まで来た二人は、車を降りまっすぐマンションへ向かうと、被害者が住んでいた部屋の前にやってきた。被害者の部屋は、マンションの三階、右端から二番目の部屋だった。表札には名札が出ておらず、ポストを見ても中に新聞やら広告がぎゅうぎゅうに詰まっている。


「あ、留守か?」


 試しにチャイムを押しても、中から反応が返ってこない。二度、三度と繰り返すが中から物音一つ聞こえない。

 半太郎はクリスを手招きして隣の部屋に移った。ドアはチョコレート菓子のおまけシールでデコレーションされていて、中からもガサゴソ音がする。


「隣の人に話を聞いてみよう」


 チャイムを押すと、間もなく重い足音と共に住人が顔を出した。住んでいたのは厚化粧した40代くらいの女で、目から顎までツンと尖っており、半太郎達を前にした態度も随分と悪かった。


「なんだい。誰だアンタら」

「失礼しました。我々弁護士協会のものでして、お隣に住まわれていたご一家について、お聞きしたいことがありお伺いしましたが、ご対応願えますか?」


 半太郎は適当にそれらしい嘘をついて、話を聞き出そうと考えた。女はそれに違和感は覚えなかったらしく、しかし、半太郎達にも協力するつもりはないようで口をへの字に曲げる。


「金は出るのかい? じゃなければ帰っとくれ。アタシは見ての通り人付き合いが嫌いでね。お隣さんどころか、この町の人間について知ってる事なんて一つもありはしないよ」

「そうでしたか。申し訳ありませんでした。ちなみに、お隣さんはお引っ越しされたのですか?」

「知らないって言ってるだろ? 弁護士ってんだから、本人に聞けばいいんじゃないのかい?」


 ごもっとも。

 女がとりつく島も与えずに扉を閉めようとしたところで、後ろで黙って聞いていたクリスが半太郎を押しのけてズイと前へ出た。


「おいオバさん。アンタ、この男についても知らねぇか?」


 クリスがそう言って懐から取り出したのは一枚の写真だ。そこに写っていたのは半太郎も知らない人物だった。

 クリスは女の眼前にまで写真を近づけたが、女は「知らないねぇ」と一言冷たく言って、今度こそ扉を閉めてしまった。

 再び静かになった廊下で、クリスが頭をかく。


「何もわからなかったな。残念、ホントに知らねぇ見てぇだ」

「その前に、聞いても良い? その写真の人誰?」


 半太郎が訊ねると、クリスは「あぁ」と呟いて、写真を半太郎へ向ける。


「コイツが、クスリの売人だった集落の男だよ。人相書きがあった方が何かと便利だろ?」

「写真を持ってたなら言ってよ……」

「あれ、言ってなかったか? スマンスマン。アタシの顔に免じて、水に流せ」


 クリスはガハハと笑ったが、半太郎はとほほと肩を落とすのだった。

 その後、マンション内を聞き込みして回ったのだが、結局有益な情報はほとんど得られなかった。

 唯一わかったのは、被害者遺族が事件があった二日後にはこのマンションを出ていたということだけだ。知っていたのは管理人のおじさんで、しかし深くは知らないようだった。

 マンションを出て次の場所へと向かう車中、クリスがウンと唸る。


「旦那が死んで二日後に引っ越したぁ、また随分と急だな」

「娘さんは、おいくつだったの?」

「7歳だ。学校にも行ってた。奥さんも近所のスーパーでパートとして働いていたし、やっぱ急過ぎると思わねぇか?」

「……なんらかの事情があったって言いたいの?」


 クリスは頷く。


「麻薬を売ってた奴らからの接触があったのか、それとも違う事情かはわからないが、被害者の家族がなんらかの事情があって引っ越したんだと、アタシは思っている」

「でもまだ推測でしかないよ。決めつけるのは、思考の幅を狭めてしまう」

「なんだぁ? 保安官様からの忠告たぁありがてぇ」

「うるさいなぁ」


 二人はその後、二件目の現場、被害者宅へと向かったが、ここでも思った情報は得られなかった。


「空振りだな。次行くか」


 二人が次に向かったのは、三件目の現場、事故があった交差点である。

 交差点は、もう普通に車が行き交っていたが、それでも横断歩道の真ん中に赤黒いシミが残っているのがわかった。

 現場は見通しの良い場所で、信号もあり、その支柱には献花台が設置してあった。何輪もの花が供えられていて、彼女が生前人に好かれていたことがうかがい知れた。中央には写真立てもあり、そこには制服姿の女の子の笑顔が写っている。


「この子が、本当にクスリを?」


 信じられない、と半太郎は感じた。だが、クリスは目を潤ませる半太郎に冷笑を向ける。


「人間、見てくれに騙されちゃいけねぇってことだよ。案外思考がイッてるのは、真面目で普通そうなやつなんだぜ」


 交差点のすぐ近くにはコンビニが一件立っていた。二人はそこで話を聞くことにした。

 コンビニは平日の昼間だからか人がほとんどおらず、ぼんやりとカウンターの奥でタバコをくゆらせていた店員が一人いるだけだった。


「えぇ、警察――ごめんなさい」

「構いませんよ」

「何度も保安隊の方にお話をしたんですが、やっぱりお話できるようなことは何もないっすね」

「……ということは、事故当時はあなたがここで店番を?」

「そっす。まぁ、ここ、大通りからも離れてる場所で普段通学の学生しか通んないっすから、朝は暇してるんすよ。で、こんな感じで」


 店員はパイプ椅子を後ろに倒して足をカウンターに投げ出し天井を仰いだ。


「ボーッとしてたらめちゃめちゃでっかい音が聞こえて。思わず頭をぶつけちゃいましたけど。そんで様子を見に行ったら、事故ってて。慌てて通報したんすから。だからほとんどなにも見てないんす」

「怪しい人物とかも」

「えぇ、申し訳ないっす」


 二人は顔を見合わせる。またしても空振りなのかと、ため息をついた。


「申し訳ないっす。あ、ホットスナック食べます? オレ、サービスしますよ」

「遠慮しておきます……。あ、そうだ。クリス、写真」

「ん? あ、ああ」


 ちゃっかりアメリカンドッグを受け取っていたクリスが懐から写真を半太郎に渡した。


「この人物について、見覚えとかあります?」

「えー? 誰ッスかこれ?」

「重要な参考人で、この人に見覚えがあったら、教えて欲しいんですが」


 半太郎から写真を受け取った店員は興味深そうにそれをしばらくながめていたが、やがて写真を半太郎に返すとこう言った。


「あるっすよ」

「えっ!? 本当!?」

「えぇ。このおじさんなら、だいぶ前に見たっす」


 思わず、半太郎は店員の肩を掴んだ。


「それっていつの話? どこで見たの??」

「お、お、落ち着いてください! えっと、確か1ヶ月前の祝日でした。場所は……、えっと、どこだったかな? 確かあの日は保安隊のイベントがあって」


 先月の祝日にあった保安隊のイベント。半太郎には心当たりがあった。地域交通安全フェスタだ。隊員が交通安全啓蒙のために音楽や劇を通して地域住民との交流をするイベントなのだが、今年は副長官が来賓として参加したため、隊員達の間に緊張が走ったのをよく覚えている。そのイベントがあったのは、


「先月の25日」

「そうっす。お兄さんもよく覚えてますね。そう、それで、イベントの途中でオレは帰ったんすけど、確か駅に向かう途中、商工会議所の近くにある工場にこの人がいたんす」


 半太郎はクリスを振り返った。クリスは食べ終わった棒をタクトのように振っていたが、やがて確信を持って話す。


「アイツは工場勤務じゃない。それにアイツの証言では、売人と連絡が付かなくなったのは今月の頭だと言っていた」


 であれば、この日工場で会っていた人物は関係者に違いあるまい。まして昼間の人目につく場所で麻薬の売買が行われたとは考えにくい。つまり、何かイレギュラーな会合だったはずだ。


「半太郎、工場の場所はわかんのか?」

「あの辺りに、工場は一件しかないよ」


 そうと決まれば、次に向かうべきは工場だ。

 二人はコンビニを後にすると、すぐさま車を商工会議所へと走らせた。

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