第19話 対決①
タープに戻った途端、半太郎がこう言い出した。
「ボク、正面から突入したい」
半太郎の希望に、クリスは若干呆れながら応える。
「却下だ。やるならこっそりとだ。正面から突っ込んで上手く行くわけないだろ」
「どうして。結局全部倒すんだから、関係ないんじゃないの?」
「そうもいかない。隠密作戦の肝は、目的だけを最短で狙うことだ。気づかれずに、目的だけを狙う。それをするためにはこっそり潜入が必要だって言ってんだよ」
クリスは冷静に考えていたが、半太郎はそれに懐疑的だった。
「こっそりたってどうすんの? 入り口は一つだよ。結局正面から潜入になっちゃうじゃん!」
「だからそれをなんとか考えようってんじゃねぇかバカ!!」
「バカって言う方がバカだ! それなら正面から堂々と攻め入る方がいい!」
あまりに半太郎の聞き分けがないので、クリスが念のため聞いてみる。
「ちなみにだが、作戦はあんのか?」
「ない! これから考える!」
肩すかしを食らった。思わず、勢いよく声を荒げる。
「オマエだってねぇんじゃねぇか!! ふざけんな! あー、考えてみろ! 例えば、正面から突入したとする。そしたら当然、敵だって出てくるだろ。数人じゃねぇ。きっと二桁はいる。それをたった二人で相手取って、戦えるのか? 勝ったとして、きっとボロボロだ。そんな状態でコードリィと戦って、勝てるのか?」
冷静に詰めるクリスに半太郎は押し黙ってしまった。
目を左右に振って、顎に手を当てて眉間に皺を寄せる。そして大きく息を吐いて、こう言った。
「…………勝てる」
「嘘つくなよ。汗出てんぞ」
半太郎も、クリスの言っていることが正しいと思ったのだろう。諦めたように肩を落として、クリスに向き直った。
「わかった。こっそり行こう。その代わり、作戦は任せるよ」
「おう。任された」
こうして二人は夜を待った。
深夜。クリスの手引きで工場へと二人はやってきていた。
遠くの路肩に脱出用の車を止めて、昼間に開けた穴から、工場の中へと滑り込む。慎重に、誰にも見つからないように進んで行く。
途中で、クリスが半太郎を制止した。無言で進行方向を指さしたので見てみると、そこには二人の男が、昼間入った倉庫を見張るようにして立っている。
「ちょうど二人だね」
コクリとクリスは頷くと、事前の打ち合わせ通りに遠くから男達の後ろへと回り込みに行った。
半太郎はしばらくその場で待った。じっとしていること十分。時計を見て、そろそろかと腹を括る。そして一つ息を吸い込むと、男達の前にタイミングを見て飛び出した。
「やぁやぁこんばんは。今夜は月が綺麗ですね!」
「止まれ。何者だ」
突如現れた不審者に、男達は警戒を顕わにする。半太郎は注意を自分に惹きつけるようにおどけて見せた。
「何者だなんて、名乗るのもおこがましくらいです。ごめんなさい、ただの迷子でして、帰り道どっちか教えてもらえませんか?」
「帰り道って――」
次の瞬間。鈍い打撃音が鳴って、男の一人が地面に倒れていった。
「え?」
視界の横で、仲間が倒れていくのを見たもう一人の男。その傍らに捉えたのは、見慣れない女が、拳を構える姿で。
男が何かをするよりも早く、クリスの拳が男の鳩尾を貫いたのだった。
クリスは当初の作戦通り、あっという間に、見張りを無力化してしまった。
「殺してないよね?」
半太郎は近づきながら、恐る恐る聞いてみる。
クリスはなんとも無さげに倒れている男達を見下ろして言った。
「知らね。でもまあ、加減はしたからな。殺してはないだろ。多分」
「多分て、どうなんだよ! はっきりさせろよ」
「良いだろどうだってさー。うじうじ女々しいやつだなホントによぉ。どうでもいいからさっさと剥ぐぞ。時間がねぇんだろ」
クリスはそう言ってちゃっちゃと男達の服を脱がし始めた。半太郎も男達を触るのを少し躊躇ったが、やがて服を剥いだ。
奪った服を着て、敵のフリをして侵入する。それが二人の目論みだった。
「っし。じゃあ行くぜ。余計なこと喋るなよ」
「わかってるよ…」
白衣に帽子、ゴーグルを装着して、二人は再び地下へと潜った。
見た目だけでは外部の人間だと断ずるのが難しいのだろう。かなり早いペースで奥へと進むことが出来た。
二人はまっすぐコードリィを探して培養部屋へと入る。中には昼間とは打って変わって、人が多く行き交っている。
「こんなに多くの人が関わっていたなんて……」
コードリィが近くにいるはずだと考えて、手分けしてその姿を探すが中々見つからない。
どこにいるのだろうか。もしかして別の部屋にと半太郎が考えたその時だ。
「おい」と、突然後ろから男に呼び止められた。声に反応して半太郎は身体を強ばらせる。ゆっくりと振り返ると、同じく白衣にゴーグルの男が、半太郎に向かってゆっくりと歩いてくるのがわかった。
「オマエ、なに探してるんだ?」
男は半太郎に向かってそう訊ねる。一瞬潜入がバレたかと思ったが、待てど暮らせど連行される気配はない。まだバレてはいないのかもしれない。
「少し。こ…………、いや、ボスを探してます」
「ボスかぁ。なるほどな……。辺りをキョロキョロしてるから怪しいと思ったけど、そうか、ボスだったかぁ」
まったく心臓に悪い問答をする男である。バレているのかバレていないのか微妙なラインの話し方だ。心臓が口から飛び出てしまいそうだ。
一刻も早くその場を後にしたい半太郎は、早々に脱出することにした。
「では、そういうことなので……」
軽く挨拶を済ませて明後日の方向に立ち去ろうとする。しかし――、
「なぁ、おい」
再び呼び止められた。なんなんだ何度も何度も。
しかし次に男から出た言葉で、半太郎の背中に冷や汗が伝った。
「お前、田中だろ? 今は見張りの時間だ。どうしてこんな所にいる?」
――しまった。服装で誰か識別できるのか。
適当な回答をすれば中身が違うことに気づかれてアウト。しかし、ここでまた見張りに戻るわけにもいかない。まして別の人間に見張りに出られるのも困る。
危機的状況の中、半太郎は咄嗟にこう言った。
「あー、交代が来まして。ボスが呼んでいると。それで戻って来ました」
「ボスが呼んでる、ねぇ」
「あ、ですので、失礼を……」
「誰だ?」
立ち去ろうとする半太郎を、男は簡単には逃がしてくれなかった。
「交代を告げられたんだろ。誰に言われた?」
なんなんだいったい。この男は、この研究所でも人事部とか監督とかそう言う立場の人間なのだろうか。そうだろう、質問がそういった内容だ。
だとすれば、いない人間の名前は出せない。一発でバレる。
「なぁおい、言われたんだろ。名前くらい、覚えてるよな?」
「あー、もちろん」
「なら、言えよ。誰に言われた」
少しの間に、脳をフル回転させる。そうして導き出した名前を半太郎は口にした。
「――す、鈴木です」
「………………………………鈴木かぁ」
長い沈黙。息が詰まり、心臓がゆっくりと動きを止めて――。
「なるほどな、アイツなら、言うかぁ……。すまんかった、ありがとう」
なんとか、いる人間の名前を言い当てられたらしい。ホッと胸をなで下ろして、半太郎は今度こそ立ち去ろうと――。
「おい」
今度はなんだ。もう、何もないはずだ。
振り返ると、男は半太郎が歩いている方向とは逆を指さして言った。
「ボスならあっちだぜ。方向が違う」
「……ありがとうございます」
こうして半太郎は、なんとか男の追及を逃れて、その場から離れることに成功したのだった。
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