第20話 対決②
半太郎はクリスと合流して、指定された部屋へと入った。
そこは機械がならんだこぢんまりとした部屋だった。
中には男が一人いて、彼は半太郎達の姿を見つけるとくいと眉をあげた。
「む? おい、何を勝手に入ってきている。ここは重要機密のある部屋だ。許可なく立ち入ることは許されない」
半太郎はすぐさま敬礼を構える。
目の前にいたのは、間違いなく、保安隊の副長、コードリィだった。
半太郎は敬礼しながら答える。
「はっ。しかし、ここに来るよう命じられました」
「命じられた? 誰にだ」
思い返して答える。
「鈴木殿であります」
コードリィは苦虫をかみつぶしたような表情で呟いた。
「鈴木だと……。クソッ。もういい、帰れ。それは誤った命令だ。持ち場に戻れ」
コードリィはすげなくそう言ったが、半太郎はそれを無視した。
無視されたコードリィは不機嫌そうに半太郎を睨む。
「……どうして持ち場に戻らない。何か他に言いたいことでもあるのか?」
訊ねられて、半太郎は身に纏っていた外套に手をかけて、
「言いたいことでありますか。それでは一つお聞きしても良いでしょうか」
そう言いながら勢いよく姿を現した。
コードリィはその姿を見て驚く。
「お前は創里半太郎! いったい、どうしてここに!」
「質問をしているのはボクです。あなたは、ウイルスを作ってこの町をその病魔の手に貶めた張本人ですか?」
半太郎は頑なな態度でコードリィに挑む。
その様子を見て、半太郎が生半な覚悟で現れたのではないと悟ったコードリィは不適に笑う。
「……なるほどな。オレがここでウイルスを作って、変死体を作っていることを突き止めたわけか。優秀になったじゃないか。いや、勇敢になったと言う方が正しいか」
「聞いてるのはボクなんですが」
「わかってるよ。……だが、質問の答えを言う前に警告はしておこうか。創里くん。お前、仲間がいないからと言って、いくらなんでも保安隊副長のところに一人で来るのは軽率じゃないのか?」
瞬間、コードリィは懐に仕込んでいた拳銃に手をかけた。
だが、
「一人じゃねぇよ」
コードリィが銃を抜くよりも早く、その背後に現れたクリスがコードリィの腕を取って関節を極めた。
「痛っ」
「動くな。今度はへし折るぜ」
腕を握る手に、徐々に力を込める。
骨が鳴った。苦痛にコードリィが顔を歪める。
「……なるほど。ずっと誰かしらが嗅ぎ回っている気配があったが、まさかキミたちだったとは。これはやられたな」
形成が有利になったところで、クリスが改めて問いかける。
「さぁ、質問に答えて貰おう。お前が、この事件の黒幕なのか?」
クリスがそう問いかけると、コードリィは何が面白いのか笑いを堪えながら話した。
「残念だが、半分そうで、半分違う。ウイルスを町に散布して混乱させようとしたのはオレだが、ウイルスを作ったのは別の人間だよ」
沈黙。
「やけに素直じゃねぇか」
「偽る理由がないからね。計画はすでに最終段階だ。お前達の手が入ったところでどうにもならん」
挑発とも取れる言葉。だが、半太郎は動じずに確認をとる。
「お前の他に、ウイルスを開発した人間がいるんだな」
「ああそうだ。オレは出来上がったウイルスを利用していただけだ。自分の目的のためにな」
瞬間、半太郎は弾かれたように動き出してコードリィの胸ぐらを掴んでいた。
「どうしてこんなことをしたんだ! わかってるのか? お前がウイルスを蒔いたせいで、沢山の人が死んでる。保安隊の皆の命だって危険なんだ! どうして、なんの目的があってこんなことをしたんだ!」
鼻がつく距離で唾を飛ばす。コードリィはそんな半太郎から視線を逸らして、ポツリと呟いた。
「目的……目的か。貴様に教えることは何もない」
「なっ」
「そうだな。……強いて教えるのであれば、混乱させることそのものが目的だった。町を混乱に陥れて、奴らが恐れ戦き死んでくことが目的だった」
「どうして、なんでそんなことを……」
くっくっくと笑うコードリィを横目で見て、こう言ったのはクリスだ。
「復讐か」
途端に、コードリィの表情が曇る。
それを見逃さないクリスが続けた。
「その目をしているやつを、何人も見てきた。お前の目は、誰かを憎んでいるヤツの目だ。お前の目的は復讐だろう?」
「わかったような口を利くな。お前達にはわかりはしないさ……。オレのうけた屈辱なんてな。同情なんてもってのほかだ。王国の人間に同情されるくらいなら、俺は死ぬ」
そう言ったコードリィの面構えは何かを覚悟しているものだった。
その影に壮絶な経験があったことは誰にでも察せられたが、半太郎はそれどころではなかった。
「おい! じゃあ、解毒剤はないのか? 保安隊の皆に、早く打ってあげないと」
半太郎の頭の中にあったのは、保安隊の面々の姿だけだった。彼らを病魔から救いたい。そう願う半太郎の気持ちは、しかし、無情にも、
「解毒剤? 知らねぇよ。俺はそもそも殺すつもりだったんだ。ましてそれを治す方法なんて、知ったこっちゃない」
コードリィの呟きによってかき消されてしまった。
その瞬間の半太郎の慟哭は、かつて大地を揺るがせた大竜の嘆きにすら匹敵するほどの激しいものだった。
あれほどよくして貰って人達を助けられない。そんなことがあっていいのだろうか。いや、あって良いはずがない。
嘆く半太郎の背中を、クリスが支えた。
「落ち着け。コイツ以外に、ウイルスを作ったヤツがいるはずだろう。そいつなら、あるいは知っているかもしれない」
そうかもしれない。そうだ。その可能性が高いのだ。まだ嘆く必要はない。
半太郎は立ち上がって、コードリィに問うた。
「おい、ウイルスの開発者はどこにいる」
「……この奥だ。そこで一人、研究に勤しんでるよ」
コードリィは部屋の奥を指さした。
こうしてはいられない。
二人は奥の部屋へと急ぐ。
その背中に、質問が飛んだ。
「お前は――」
言ったのはコードリィだった。
「お前はどうして、一人で戦うんだ?」
半太郎は問い返す。
「言ってる意味がわからない」
「お前には、仲間なんて出来なかったはずだ」
コードリィの声は確信に満ちていた。
「俺がそうさせた。誰にも、お前に手を差し伸べないように。この町から出て行くように。居場所なんてつくれないようにしたんだ。なのに、どうして、お前は。どうしてお前は一人で、戦えるんだ?」
それは純粋な疑問だった。疑問で、そして愚問だった。
「バカ抜かすな」
隣に立ったのはクリスだった。
「アタシがいる」
それだけで十分だった。
「さぁ、いくぞ」
「…………うん」
二人は最後の部屋へと向かうのであった。
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