第2話 半太郎の一日
まずは、半太郎のいつもの一日を知ってもらうのがいい。
我々が住む世界とは違う世界、そのある国のある所に、1人の男が住んでいた。彼の名前は創里半太郎といい、町の平和を守っているごく普通の青年だった。
ある日、半太郎がいつものパトロールに出かけると、公園で子ども達が喧嘩しているのを見かけた。
「おいおい、どうしたんだ?」
半太郎が子ども達に近づくと、中でも他の子よりもガタイが一回り大きい男の子が制服の襟を掴んできた。
「なんだぁ? そこの髪型をパーマにしてイケメン風に誤魔化してるけど覇気のない声や縮こまった背中でモテないのがバレバレのオッサンは?」
「初対面の人にそこまで言うのかキミは」
ちょっとだけ気にしていることを指摘されぷるぷる震える半太郎を見て、子ども達の一人が顔色を変える。
「たっくん、コイツ保安官だよ。危ないよ」
「おいおい、パクられるのが怖くて不良やってられるかよ。それに、こいつどう見たってオレよりも弱そうじゃんか」
「お兄さん! こいつら、ボクが公園で遊ぼうと思ってたらいきなり乱暴してきたんだ!」
たっくんと呼ばれた子とは対象に、小柄でまだ保育園くらいの男の子は涙ながらにそう訴えると半太郎の後ろに回り込んだ。
「言いがかりはやめろよ。ただオレ達は、ここでドッヂボールしてたから、怪我したくねぇパンピーは退いてろって言っただけだぜ?」
「たっくんのボールは大人でも泣き出しちゃうからなぁ!」
「そっちのオジさんも、怖くておしっこ漏らしちゃうかもねぇ!」
たっくんは、子供とは思えないドスの利いた声で弁明すると、足下に転がっていたボールを両手で拾った。たっくんがボールを掴んだ腕にギュッと力を込めると、両側から圧力をかけられたボールがプラスチックの音を立てる。
ふと半太郎が後ろを見やると、涙を浮かべる男の子と目が合った。
「おじさん……。おしっこ漏らした?」
「まだ漏らしてないよ。漏らす予定もないしね」
漏らす漏らさないと小説の頭から汚い話が続いて申し訳ないが、しかし相手が子供である以上読者諸君には我慢していただきたい。
さて、半太郎はと言えば対応を考えているところだった。子供相手に下手に暴力に訴えてもいけないが、しかし見過ごすわけにもいかない。
どうしようかと悩んでいた半太郎に、たっくんの方から申し入れがあった。
「おっさん、じゃあこうしようぜ。今からオレと一対一で相撲をとって、勝った方の言うことを聞くのはどうだ?」
「たっくんやめなよ、相手は大人だよ?」
「うるせぇ取り巻きだな。オレが大人程度に負けると思ってるのかよ」
「ボク、大人なのにキミに負けると思われてるのかな?」
保安官という立場上、子供に手をあげるわけにはいかない。大人とか子供とか以前の問題である。
なんとか他の方法はないものかと、たっくんの申し入れを半太郎が断ろうとした時だった。
「その決闘、受けて立つよ!」
言ったのは、半太郎の後ろの男の子だった。
「ちょっと! なに言ってるのキミ!?」
「おじさん! おじさんも大人なんだから、たっくんなんかに負けないよね!」
「そもそも戦わない方向で」
「え……、負けちゃうの?」
「いや、そういうことではなく。勝てる勝てないじゃなくてボクの仕事柄そういうわけには……」
「オレはいいぜ、おっさん。かかって来いよ」
「おっさんのくせに決闘から逃げるのかよ! 卑怯者!!」
「正々堂々戦えおっさん!」
「おじさんは、絶対勝つもん!! ね!」
半太郎が応えあぐねている間に、断れない空気になってしまった。これはいけない。
少し考えて、半太郎は引き分けを狙うことに決めた。こうなった手前、もう決闘自体は断れないが、やはり子供相手に勝ってしまうのは大人げない。かといって負ければ、それはそれで問題だ。ここは穏便に引き分けを狙おう。
子ども達は手早く公園の中に即席の土俵――といっても、土の上に丸を描いただけだが――を作った。
まずたっくんが土俵入りし、半太郎が渋々土俵に上がる。もちろん裸足で。
「おっさん、逃げ出すならいまの内だぜ」
「出来ればそうしたいよ。あはは」
二人は土俵の中央でお互いに見合うと、両手をついて行事の仕切りを待った。
「それでは両者、見合って――はっきよい!」
かけ声と共に、たっくんのタックルが半太郎の胸にぶつかる。半太郎はその場でたっくんのぶちかましを受け止めた形だが、これがなかなか力強い。子供の中ではかなり抜きん出ているのではないだろうか。
だが、それでも子供は子供。半太郎の敵ではない。腐っても、国家のために日々鍛えている半太郎に敵うほどの強敵ではなかった。
(子供相手に、そんなこと考えてるボクっていったい……?)
一抹のむなしさを抱きながら、ほどほどの所で自分からたっくんを道連れにする形で倒れ込んだ。
軍配は、引き分けにあがる。両者同着。判定はキチンと行うらしい。
「あー、残念。引き分けか。頑張ったんだけどなぁ」
わざとらしいコメントを残しながら、半太郎は立ち上がって制服についた砂を払った。
「おじさん、ちゃんと勝ってよ!」
「はは、ごめんごめん」
男の子の視線が痛かったが、大人げなく勝利して社会的に死ぬよりはよっぽどマシだ。
たっくんの取り巻き達はパパーッとたっくんの方に駆け寄って行った。
「たっくん、惜しかったよ。大人と引き分けなんて凄いや!」
「そうだよ、もうちょっとだったもん!」
「オレはたっくんの方が勝ってたと思うぜ!!」
しかしたっくんは取り巻き達の手を取らずに黙って立ち上がると、ヘラヘラ笑う半太郎を下から睨みつけて、
「次は勝つからな」
とだけ残して、公園を後にしたのだった。
「……おじさんすごい! 何したの? 魔法?」
こうして乱暴者のいなくなったおかげで、子ども達は平和な公園を手に入れることができ、楽しく遊んだのだった。
「子供って、見抜くんだなぁ……」
半太郎は手を抜いた自分に負い目を感じながら、パトロールを再開したのだった。
これが半太郎の日常である。そして日常とは、突如崩れるから、日常なのである。
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