第8話 数少ない生きがいです
「なんだこりゃ」
クリスが驚いたのは、またしても部屋の中に謎の扉が二枚並んでいたからだ。
「またまたクイズのお時間です。お客様には、クイズに挑戦していただきます」
子供があっけらかんと言い放って、クリスは怒った。
「やいやい! オマエいい加減にしろよ! アタシ達をいくらおちょくれば気が済むんだ!」
「でも先ほどのクイズだけとは言っていませんから」
子供は悪びれもせずに屁理屈をこねる。
半太郎はうんざりしていた。確かに道理が引っ込むような屁理屈を持って大人をからかうのは子供の特権だが、時と場合がある。
「わかったよ。クイズに答えよう。確かにさっきで終わりだとは言っていなかった。だけど、ここで最後にしてもらうよ。でなければ、ボクだって対抗手段に出なければならなくなる」
「あのなぁ、さっき見ただろ半一郎! コイツは死なないんだって」
「半太郎だよ……」
「対抗手段というのは」
子供が口を開いた。
「どうするつもりですか?」
「それはもちろん、あなたの考えているようにです」
ジッと見つめ合う。数秒して、子供はニッコリと笑った。
「了解しました。ここで本当に最後です」
「ああ、助かるよ」
半太郎はクリスにアイコンタクトをしたが、彼女は何が何だかわかっていないようだった。
「それでは、最後のクイズです。崩壊する建物の中に母親と娘が取り残されている。どちらか一人しか助けられない。どちらを助ける?
A:母親 B:娘」
「またじゃねぇか! しかも、今度はどっちを選べば――」
「静かに。ボクが答えるよ」
暴れ出しかねないクリスを制止して半太郎が一歩前に進み出た。
「出来るのかよ。少なくとも、オマエが持ってるみたいなまともな理屈じゃあ先へは進めないぜ」
「先に進む必要はないんだ。それに、ボクの理屈だと多分大丈夫だよ」
「?」
表情に疑問符を浮かべるクリスを無視して、半太郎は子供と向き合った。
「それで、お客様。答えをお聞かせ願えますか?」
「いいや、残念だけれどそれは叶えられないね」
「おや、回答を放棄なさると?」
「おいおい、ふざけんなよ! 仕事放棄する気か? 勝手にアタシまで巻き込まれちゃ困る! アタシはコレで生活してんだから!」
「そういうつもりはないよ。ボクはあくまで聞かせることが叶わないと言ったんだ」
「…………つまり?」
「選択しない。それがボクの選ぶ選択肢だ」
半太郎の答えに、一番に声をあげたのはクリスだった。
「とんちか?」
「いいや。理屈はもちろんある。少なくともこの部屋で、彼は選択肢が二つだとは言っていない」
言われてみれば確かに、彼は一言も「二択クイズ」だとは言っていなかった。状況と問題で丁寧に提示された選択肢で勝手に二択だと思い込んだのはクリスだ。
子供は半太郎の答えに微笑んで手を叩く。
「お見事です。感服しました。第三の選択肢を導き出したことよりも、それに準じようとした心に」
「ありがとう。これで悪趣味な問いに答えなくて良くなったと思うと、嬉しいです」
形だけの感謝を半太郎が述べたところで、後ろにいたクリスがグッと拳を握った。
「よっしゃ! そんじゃま、手早く先生に会わせてくれや! そんで、用件済ませて仕事終了だ」
しかし、子供はクリス達をどこかへ連れて行く様子も見せないし、半太郎もまた、それに動じた様子がない。
不自然に感じたクリスが「おい、どうしたんだよ」と半太郎の身体を揺すった。
「なんでオマエまで黙ってるんだよ。気味が悪いぞ」
「そちらのお嬢さんは、まだお気づきでないのですね」
「あん? 何に気がつくってんだ?」
「ええとね、クリスさん。この子供がボクたちの探している先生なんだよ」
半太郎がそう告げると、子供が足を一歩引いて胸の前に手を置き会釈した。
「いかにも。私が当院の院長をしております。プロミネンスと申します」
子供――ドクタープロミネンスがそう言った途端、部屋中に大きな叫び声が響き渡って、半太郎は思わず耳を塞いだ。
声の主は、クリスだった。
「な、おま、どう、ええ!? く、えぇ!?」
「そこまで驚くか」
「この瞬間が、私の数少ない生きがいです」
悪趣味なことだ、と半太郎は思った。
「ですが、私も少なからず驚いているのです。ここに来たお客様で私の正体を看破できる人間はそう多くはないですから。よろしければ、推察の理由をお聞きできませんか?」
「推察の理由と言っても、大したことではないよ」
そう前置きしてから、半太郎は記憶を振り返る。
「一番おかしいと思ったのは、あなたの物言いだった。あなたはボクたちを案内する時、一度も『先生が会う』とは言わなかった。頑なに『話す』と言っていた。不自然に感じてね。それは多分、もうすでに先生には会っているからだと思ったんだよ」
「自分に嘘がつけなかったってことか……?」
「それと、クリスが暴れそうになった時に自分で自分を撃ったことも気になった。選択肢としてはあまり順位が高くない行動だと思わなかった? クイズにしたっておかしい。人に会うのにしては変なルールだろ? この二つが並んだとき、もしかしてこのクイズは人を見極めるために課しているのではないか。クリスが暴れそうになった時、本当に守ろうとしたのは自分ではなくこの施設にある器具とか、そういうものなんじゃないかって」
「あー、下手に攻撃されて大切な物を傷つけられないようにと考えての行動か」
クリスが納得したように呟いた。自分で撃ったのならば、危険な場所を避ける事が出来る。
「見極めるのが目的であれば、見極める対象の最も近くにいれば効率がいいだろ? それで彼が先生本人なんじゃないかと思ったんだ」
「道理ですね。強い根拠ではありませんが」
「あとは、こんな山奥に子供が一人はおかしいってのが決め手だね」
「ごもっとも。面白い考え方でした」
先生は半太郎の解説を一通り聞き終えると、壁際の本棚を手で探った。カチッという音がして、床が開きテーブルと椅子が現れた。
先生は優雅に紅茶を入れると、二人に椅子を勧めてきた。
「さ、座って下さい。お話はそれからにしましょう」
〇
紅茶は街でもあまり手に入らないような高価なものだった。澄んだ茶葉の香りが鼻腔をくすぐり、温もりが腹の奥にストンと落ちた気がした。
「優秀なのですね」
先生にそう言われて、半太郎はつい目を見開いて手を止めてしまった。
「ボクがですか?」
「他に誰がいますか? お客様の中でもあなたのように洞察力に優れた人はいませんよ。ボクは本当に感心しているんです」
遠い目をして窓の外を眺めた先生の言葉には何か言葉に含まれない意味合いがあるように聞こえた。先生は続ける。
「世の中、程度の低い人達ばかりだと退屈でして。噂程度に伝え聞こえる『不老不死の薬液』を求めてこんな所まで迷い込んで来るのに、簡単な仕掛けに惑わされて尻尾を巻いて逃げ帰る。そんな来客ばかりで、困っていました」
彼の言葉を聞いて、半太郎は目の前の子供を軽蔑していた。彼の口ぶりは半太郎を高く評価しているようにも聞こえるが、実際はきっと違う。彼は自分以外の人間を基本的に見下しているのだ。無論、半太郎も含めて。
「御託はいいよ。本題だ。アタシらはアンタにクスリを届けに来た。受け取ったならサインをくれ。そしたらアタシらもすぐ帰る」
「ほう、クスリ……。あぁ、あれかな? わざわざありがとうございます」
「仕事だからな」
適当な紙にサインをしてクリスに手渡した。彼女は受け取った紙をポケットに乱暴にしまうと、ジッと窓の外を眺める。
「にしても、随分辺鄙な場所に住んでるんだな。娯楽がないじゃんかよ。ずっと一人で飽きねぇのか?」
「はは、楽しい人ですね。ご心配には及びませんよ。私がここに住んでいるのは研究があるからなんです。さっきは退屈しているなんて言いましたが、研究している間は興味が尽きませんからね」
「楽しいんだな、変なの……」
「おい、やめとけよ」
無礼なクリスを小突いて誤魔化すように咳払いした。
先生は受け取ったクスリをしげしげと眺めたかと思うと、今度は半太郎に目をやった。珍しい生き物を観察するような視線に半太郎はお尻がむず痒くなった。
「なんですか?」
「いや、すみません。私はこう見えて目が良くて、お客様になんだか面白そうな色が見えたのです」
「色……?」
「こちらの話です。お客様、もしよろしければお客様の身体を調べさせていただいてもよろしいですか?」
「え? ボクの身体を……? どうして」
「気になるんです。あなたの身体には、なにか特別な魅力を感じる」
特別な魅力、と言われて半太郎の脳裏を過ぎったのは石化病だった。もしや、見抜いたのか?
不信感はあったものの、半太郎は自分の身体に投げやりになっていた。
「……構いませんよ。ボクでよければね」
「いいのか? あんま顔が明るくねぇぞ」
「ありがとうございます」
クリスの言葉を遮って、先生が立ち上がった。
「さぁ、それじゃあ調べましょう、すぐ調べましょう、疾く調べましょう!」
こうして一通りの検査を終えて、二人は村へと戻っていったのだった。
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