11 どんくさいハノヴェさま
王の城の謁見の間に、ハノヴェさまが吸い込まれていくのが見えた。続いて騎士団長、副騎士団長、とどんどん吸い込まれていく。あたしの前にいたキノンも吸い込まれた。え、最後尾のあたしも入れるの。
とにかく入る。すさまじい収容力だ。これなら災害なんかが起きたときの避難所にちょうどいいのではあるまいか。
謁見の間にある王族の椅子は一段高いところにあり、王陛下と王妃である聖女さま、王女さまが座っている。どれも遠目に見ても美しい細工をされた椅子だし、王陛下も聖女さまも王女さまもみなすばらしく美しい。
ていうかこの世界のひとってだいたい顔がきれいだよね? なんで?
「ハノヴェ殿、そなたの父君は騎士団を連れてくると言ったが、本当に連れてきたのだな」
王陛下は少し呆れていた。
「は。これはわたしにこれだけのものをまとめる力のある証明です」
「たしかにそれもそうか……しかし噂通りの美丈夫だ。ベルタ、このまま帰るときに伯爵領までついていくか?」
王陛下はそう冗談を王女さまに言った。王女さまは顔をぼっと赤らめて、恥ずかしい顔をなされた。
というか王女さまってベルタっていうのか。強そうな名前だ。
「おやめなさい」
聖女さまがぴしりと王陛下を睨む。王陛下はびくっとした。尻に敷かれているようだ。
「この中に男のなりをした女がいます」
聖女ってそういうこともわかるのか。まずいなあ、ハノヴェさまが女だってバレたら継げるものも継げなくなりかねない。ハノヴェさまは無表情をとり繕っている。
「ああ、それは騎士団の者です。ジュン、王陛下と聖女さまと王女さまにしっかりご挨拶をいたしなさい」
騎士団長が明るい声でそう説明し、あたしに挨拶するように言った。
「はいっ!」
あたしは平伏の姿勢からすっくと立ち上がった。さらに腰をカックーンと曲げて頭を下げる。
「騎士見習いのジュンと申します! 女ながら騎士の見習いをしています!」
「ハノヴェさまのご領地では女も騎士になれるのですか!?」
王女さまが食いついた。どうやらわりとおてんばなお姫様のようだ。
「それだけでなく市民権制度を廃止し、民はみな、貧富の差こそあれど法の上では平等に扱われております」
「えっ。そんな恐ろしい土地なのですか」
王女さまは今度はドン引きの顔をした。それくらい市民権制度はこの国で当たり前なのだろう。
「市民権を持たぬ人間も、人間であることに変わりはないのです。キノン、お前も挨拶しなさい」
騎士団長はキノンにもそう言った。
「はっ。私はキノンと申します。市民権を持たぬ身分に生まれましたが、市民権制度が撤廃されたため、こうして騎士見習いをしております」
「そう……なのですか。そうですね、市民権を持たないものでも人間ですものね」
王女さまはうむうむと頷いた。
そのあと、ハノヴェさまは聖女さまから正式に爵位の継承を許され、伯爵領から持参した珍しい品々を王陛下一同に披露した。
たとえば細かな模様を描いた寄木細工の箱、きれいにカットされた宝石などそういうもの。どうやら伯爵領はわりと山らしい。
王女さまは宝石に夢中だ。聖女さまはよくわからない顔をしている。
そういうやりとりののち、我々は王の城の離れにある大きな部屋に通された。
そこでハノヴェさまが最初に言ったのは、あたしへの感謝であった。
「ありがとうジュン。ジュンのおかげで正体がバレずに済んだ。それにしても王陛下と聖女さまを前にして性別を偽るうそをつくとは、なかなか豪胆じゃないか」
「いえいえ」
もしかしてハノヴェさまは、まだあたしを男だと思っているのか?ラッキーというかハノヴェさまがどんくさすぎるというか……。
「というか聖女さまって何者なんですか?」
「知らなかったか。異世界から来たのだから仕方がないな。王が王として即位するためには聖女を娶る必要がある。その聖女になるために、王家の嫁に相応しい家柄の娘たちは特殊な教育を受けるのだ」
「なるほど」
「その中でもっとも優れた娘が聖女となり、王妃になる。聖女の力でこの国は守られているんだ」
だとしたら、もしかしたらハノヴェさまもハルミアさまとして聖女教育を受けたかもしれない、ということか。
そうだとしたらどれだけ幸せであったのだろう。伯爵さまのことを思い出して悲しくなる。
ハノヴェさまから聞かされる伯爵さまの思いつきは、何度聞いても胸糞悪いものであった。
きれいに着飾って、きれいに髪を伸ばし、甘いものとお茶を楽しみたかった、とときどきハノヴェさまは言っておられる。それを、柔弱だ、と伯爵さまはお許しにならなかったのだ。
ハノヴェさまを男として扱うことで、自分の欲しいものを手に入れ、あまつさえ王家のプリンセスまでハノヴェさまに連れてこいと言う伯爵さまのメタボリックシンドローム体型を思い出し、さらにイライラする。
「そうカッカするな。わたしはいまの境遇で満足だよ」
苛立ちが表情に出ていたらしい。失礼しましたと気持ちを引っ込める。
さて、その日は盛大な宴会が催され、末席のあたしまで豪華な食事にありつけた。柔らかくてジューシーな肉と、新鮮な野菜と、真っ白いパン、それからワインが出た。
ワインなんて飲むのは初めてだ。というか飲んじゃいけないのだ。しかし隣の席の田島くんから聞いた話だとヨーロッパでは「レストランなら16歳から酒が飲める」国があるという。
なら大丈夫なはず。ええい!
と、ワインを飲んだ。ぶどうジュースみたいな味かと思いきや超絶、苦いというか渋かった。
とにかく酔っ払ってパッパラパーになり、宴会の席上で寝そうになった。それはいけない、とキノンにつねられた。痛い。
そしてその日の夜、酒が抜けてスン……の状態になっているときに、事件が起きた。
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