7 和牛サーロイン

 キノンは嬉しそうな顔をしている。よほど、お隣さんが医者にかかれたのが嬉しかったようだ。


「医者が来てくれて、『スラムの人間も市民権のある人間と変わらない』って言ったんだよ。俺たちも人間なんだよ」


 医者にかかれたのが嬉しいのでなく自分たちの人権を認められたのが嬉しかったらしい。確かにそれはすごいことだ。

 これはきっと女性の参政権が認められた、みたいなときと同じ感覚か、あるいはもっと嬉しいことなのだと思われる。


「キノンはうつらなかった?」


「おう。健康だけが取り柄だ。こないだの金でしこたま食べたしな」


 どうやらスラムの栄養状態がよくないゆえに、免疫が弱っていて流行したらしい。


「で、だ。いさおしを挙げてハノヴェさまをお守りする件なんだが、なにかアイディアはあるのか?」


「あー……なんも考えてなかった」


 あたしがノータリンぶりを披露すると、キノンは呆れた顔をした。

 しかしキノンもほぼ同じのようだ。キノンが言うにはいろいろ考えたがマッチポンプ式のやり方しか思いつかなかったという。たとえば盗賊団を差し向けて倒すとか。それじゃバレたらタダじゃ済まない。

 そういうわけで、キノンはあたしにハノヴェさまの行動の仔細を教えてくれと言っていた。いやあたしはストーカーではないのだ。ハノヴェさまが毎日何をしているかなんてよくわからない。

 結局なんの成果も得られないままお散歩会議は終わった。トホホの気分でお屋敷に戻る。


 お屋敷に戻るとなにやら忙しげにメイドたちや商人たちが行きかっていた。メイド長になにごとなのかと尋ねると、ハノヴェさまが王様に謁見して、正式にこの伯爵家を継ぐと宣言することになったらしい。

 それで、謁見用の装束やアクセサリーを調達することになったらしい。男物のアクセサリーと聞いてシルバーなのかな? と思ったが、よくよく考えれば世界史の教科書に出てくるヨーロッパの王侯貴族はみんな金のアクセサリーをいっぱいつけているので、普通に金のアクセサリーもありなのだろう。

 着飾ったハノヴェさま、さぞかし美しいんだろうなあ。想像してみる。ヨーロッパの王侯貴族のように着飾ったハノヴェさま……。


 横ロールのカツラをかぶったりはしないだろうな。


 ハノヴェさまは素材がいいのだ、食べ物に例えるならA5ランクの和牛サーロインなのだ。

 A5ランクの和牛サーロインならカレーの具材にするよりシンプルにステーキにしたほうがおいしいに決まっている。

 無駄にキラキラにするよりシンプルなほうがいいと思うのだが。


「ジュン殿」


 商人を呼ぶ部屋の中のハノヴェさまにそう声をかけられた。振り返ると、ハノヴェさまはキンキラキンのアクセサリーを全身にまとって、まるで仏像のような輝きを放っていた。仏像というかマツケンサンバというか……。


「どうだ、似合うだろうか」


「キンキラキンが過ぎます」


「やはりか。わたしもそう思うのだが、父がこうしろと言って聞かないのだ」


 肩をすくめるハノヴェさま。キンキラキンキラ……とアクセサリーが鳴る。その向こうで伯爵さまがうなる。


「金のアクセサリーは権威の象徴だ。私のものを受け継がせただけでは足りん」


「でも伯爵さま、あたしに働けって言うってことは領地経営、あるいはこの家の経営ってカツカツなんですよね?」


「ウグウーッ!!!!」


 伯爵がひっくり返った。


「父上、やはり受け継がれるものだけで充分です。これでは動くのもままならない」


「そうか? それで恥ずかしくないなら構わぬが」


 なるほど、伯爵さまはハノヴェさまが女だからと見下されたり恥ずかしい思いをしたりしないようにキンキラキンにしようとしていたのか。

 ならキンキラキンにする以外に、なるべくお金のかからない方法で、威厳を増すことはできないだろうか。

 ひとつ思いついた。人件費はかかるだろうが金のアクセサリーをたくさん買うよりはマシだろう。


「たとえばお供の人を増やすとかはどうですか?」


「その手があったか!」


 伯爵さまはぽんと手を打った。


「しかしそれではわたしが柔弱な女だとバレてしまうのでは?」


「ハノヴェさま、あなたは本当に美しくたくましい青年だとあたしは思っていました。だから大丈夫。騎士をたくさん引き連れて、騎士の……ドンとして参られるのはいかがですか?」


「どん?」


 通じなかった。ほかによさそうな言葉を考えてみるがなんにも思いつかない。


「騎士の首領か……確かに我が伯爵家はこの街の騎士団を所有している。おかしいことはなにもないな」


 そうか。首領っていうのか。ありがとう伯爵さま!


「しかし騎士団を連れて謁見というのは前例がないな……」


「前例はこれから作っていけばいいんですよ!」


 あたしが適当に言うと、ハノヴェさまはぱああ、と表情を明るくした。


「決まりですね、父上」


「よし。では騎士団に声をかけよう。そうだ、ジュン殿。騎士団に入りたいなら根回しして入れるようにできるが」


「そんなチートスキルが!?」


「ちーと……すきる?」


 これも田島くんの熱いライトノベル語りが由来である。なんかズルしてすごいことをする、という意味しか知らない。とにかく伯爵さまには通じなかった。


「そうだ」


 あたしは一人の人物を思い出していた。


「あたしを騎士団に入れてくださるのなら、もう1人入れてほしい、志の高い若者を知っているのですが」


 そう、キノンである。

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