6 ナイスメイド長
あたしはとりあえず伯爵さまに聞いてみることにした。
「あの。転生者の出現と病気の流行って、なにか関係あるんですか?」
伯爵さまはしばし口ごもってから、真面目なトーンではっきりと口を開いた。
「あ、いや、その……いや。黙っていてもいいことはないな。この王国では古くから、転生者が出現すると世の中が揺れ動くとされているんだ。その結果が疫病というのは信じたくないのだが」
「こっちの世界だと、病気って市民権のあるなしでうつるうつらないが変わったりするんですか?」
「迷信とも言われるが多くの民がそれを信じている以上、否定することもできないのだよ。なに、あちらの世界では市民権と病気に関係はないのか?」
「ないですね」
食い気味に言ってやると、伯爵さまは目を丸くした。
伯爵さまはふう、とため息をつく。
「やはりそうか。街の民がみなそう思っているゆえ、強く否定できないでいたのだが……」
「そもそも市民権なんてものがなくて、法律ではみんな平等だったんですよ。もちろんお金持ちもいれば貧乏人もいました、それでもみんな一定の年齢以上で選挙に投票する権利があったんです」
「ええっ!? だれにでも選挙権があったとはどういうことなんだ!?」
そんなにビックリするようなことだろうか。当たり前すぎてそんなふうに思ったことはなかった。
そうだ、と思い立って伯爵さまをそそのかしてみる。
「伯爵さま、いっそのこと市民権をスラムの人たちにも与えるか、そもそも市民権という制度を廃止すれば、スラムの人にも医療が行き届いて、疫病の流行は小さいうちにおさまるんじゃないですか?」
「しかしそうするには王のお許しが必要だし、市民権制度を撤廃するなど聞いたことがない」
「表面上はただ疫病の流行が食い止められた、ということにして、のちのちお許しをいただくフリをして事後承諾にしちゃえばいいんですよ。疫病、食い止めないとまずいですよね?」
「それはそうなのだが……」
「伯爵さま、この間あたしがここに連れてこられたとき、伯爵さまはスラム出身の若者にちゃんとお金を与えましたよね? 伯爵さまは、本当は平等にしたいんじゃないですか?」
ダメ押しのセリフが効いたようで、伯爵さまはうむ、うむ、とつぶやいてから、拳を握り固めた。
「市民権制度を撤廃し、スラムに医師を派遣するッ!」
よっしゃ!!!!
なんとかなったぞ、あたし!!!!
それからの数日はばたばたと過ぎた。伯爵さまの思いつき(という名のあたしの意見)について、貴族たち、要するに伯爵家の親戚による議会であーでもないこーでもないと論戦が交わされた。あたしは議場に入れないので、蚊帳の外で心配するしかなかった。
議会にはハノヴェさまもご出席なされていたが、いったいどんな塩梅だったのか、ハノヴェさまに近寄る勇気がわかなくて聞くことができないでいた。他の貴族はもっと近寄りにくそうだったのだ。
窓からぼーっと街を見る。そうしていると、ふわりといい匂いがした。
「どうなされた?」
は、ハノヴェさまから話しかけてきたぞ!?
「いえ、その、あの、議会はどうだったのかなって」
「うむ、市民権制度は旧弊なものである、という意見は以前から諸国で言われていたことで、撤廃に動くのに必要な過半数の賛成を得られた。これから急いでスラムに医師を派遣するそうだ。医師たちが嫌がらなければいいのだが」
お医者さんがスラムに行くことを嫌がったりするのか。嫌な世の中だ。
「ところでジュン殿、騎士にはなれそうか?」
……もしかしてハノヴェさま、あたしが女だって気づいてない?
よくよく記憶を整理すると、子供ではないとは言ったものの、ハノヴェさまの前で女であると言った覚えはない。
もしメイドたちが黙っていたなら、男だと思われている可能性もないわけじゃないぞ。
「いやあ、試験で落とされちゃって。再挑戦するつもりです」
そう答えてヘラヘラ笑っているが、心中は完全なるぐるぐる状態であった。
もしハノヴェさまがあたしを男だと思っていたなら、……何らかの可能性があるのでは?
いやなんの可能性か分かんないけど。可能性ってなんだ。なんなんだ。
「騎士団の入団試験は何度でも挑戦できるそうだから、鍛えて挑まれるとよい」
「ありがとうございます」
ハノヴェさまは廊下の向こうで人に呼ばれて、そっちに行ってしまった。
ごくりんちょ、とつばを飲む。
台所に向かい、なにやら漬物を漬けているメイド長に話を聞く。あたしが女であることは公然となっているのか? と。
「いえ? ジュンさまが女性であらせられることは、伯爵閣下やハノヴェさまには申し上げておりませんよ」
ナイスメイド長!!!!
「それよりジュンさま、キノン殿との待ち合わせ、すっぽかしてしまったのではないですか?」
……あ。
というわけで大急ぎで犬神像前に向かう。もちろんキノンの姿はない。
やっちまったなあ……。
そう思っていると向こうからキノンが現れた。やべ。思わず隠れる場所をさがすが、そんなもんない。
「ジュン! ずいぶん遅いじゃないか。毎日来て待ってたんだぞ」
「ごごごごごめん、キノン! 伯爵さまに意見を言ったらなんだかそれで忙しくなっちゃって」
「……もしかして、スラムに医者をよこすように言ってくれたの、ジュンなのか?」
「え……いや、まあ、そうだけど……」
キノンはあたしの手を握りしめた。
「ありがとう! おかげで隣の家の人たちが助かったんだよ!」
怒られるどころか感謝されてしまった。キノンと歩きながら、話をすることにした。
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