9 デバガメ野郎

 騎士団を総動員したハノヴェさまの行列はぞろぞろぞろぞろと続いている。街の警備は騎士団を引退したおじいさんたちがやっているらしい。

 ハノヴェさまは馬なのかと思いきやカゴ? おみこし? みたいので運ばれている。

 その行列の最後尾で、あたしは完全にバテていた。かれこれ3日歩きっぱなしだ。毎晩宿場町で休めるだけマシなのだが、でっかい宿屋に泊めてもらっても、基本的にあたしとキノンを含む下っ端数名は小さい部屋にギチギチに雑魚寝である。この世界はベッドが当たり前なのにそれすら用意してもらえない。


「これじゃスラムの方がマシだ。壊れかけとはいえベッドがあった……いや、ハノヴェさまと王都にいくんだ、ぼやいちゃいけない……」


 キノンはぼやいちゃいけないと言いながらぼやいている。まあ仕方がないのだと思う。伯爵領の街は基本的に狭いので長距離を歩くということがない。

 かくいうあたしも半端な田舎の出身なので、通学は親に送り迎えしてもらっていた。だからこういう長距離を歩くことはなかった。あたしが入学する前の年までは強歩大会があったらしいが、サボる生徒が多発し、PTAからも苦情が出たのでなくなってしまったのだった。


「はあ……脚がガクガク。生まれたての子鹿」


 ため息をつきそうになるのをこらえる。

 だいたいこの長さの行列である、先のほうを行くハノヴェさまを守るいさおしなんて挙げられるのだろうか。

 きょうも夕暮れ少し前に宿場町にたどり着いた。あと2日歩けば王都に到着するらしい。飛行機をつかえ。ないし新幹線。

 まあ洗濯機の存在をみんなが疑う世界なのだから、飛行機も新幹線も話すだけ虚しいことだ。駅馬車ならもうちょっと楽だろうと思うのだが、貴族が王のもとを訪ねるにはいろいろな作法があるらしい。それにのっとり、おみこしだかカゴだかよく分からない乗り物で行かねばならないのだそうだ。理解できない。

 宿場町に到着して、ハノヴェさまは宿屋に入られた。騎士団やそのほかの取り巻きも、えらい順に宿屋に吸い込まれた。

 そしていちばん立場の低いあたしとキノンは宿屋におさまれず、悲しいことに馬小屋で寝ることになってしまった。あたしゃ聖母マリアなのか。幼稚園がカトリックだから知っているぞ、キリストは家畜小屋で生まれて飼い葉おけに寝かされたのだ。


「思ったよりいいじゃないか。干し草の山がある」


「えっ。干し草で寝るの?」


「スラムじゃわりと当たり前だぞ」


 というわけで干し草の上に寝転がる。フカフカである。気分はハイジだ。確かに床で雑魚寝よりはマシかもしれないが、髪やら服やらに干し草がくっつく。

 夕飯なにかな。きのうのパンがゆとかいう、その名の通りパンをお湯にふやかしておかゆにしたクソまずいものじゃないといいのだが……。

 そう考えたとき、宿屋の仲居さんが現れた。


「すみませんねえこんなところにお泊めして。お夕飯をお持ちしました」


 おお、ちゃんとしたパンだ。野菜も挟まっている。端的にいってとてもおいしそうだ。動物性タンパク質がないのがせつないが、それでもたいへんおいしく食べた。

 しかし食事を済ませてしまうとやることがない。大変退屈だ。破れた屋根から見えるお星様を見つめるばかりである。

 なにやらガサゴソと外から音がした。

 なんだろう。ネズミ? ネズミにしては大きい音だ。息を凝らして耳をすますと、なにやら人間の会話が聞こえた。


「もうみんな寝たのは間違いないんだな? 騎士団はみんな酔っ払ってるのも確実なんだな?」


「へえ。男だか女だか分からない御曹司は護衛もつけずに一人で温泉で湯浴みでさ」


 なんと、覗き魔だ。デバガメだ。やっつけたらいさおしを挙げることができるのでは。キノンをそっと起こす。


「キノン、覗きが出た。ハノヴェさまのお風呂を覗き見するつもりだ」


「本当か? よし、やっつけにいこう」


 というわけでおろしていた槍を取る。あたしとキノンは基本的に戦闘要員でないのでただの長い棒に近い。

 そっと馬小屋を出る。デバガメ野郎は宿屋の裏に回りつつあるらしい。宿屋の裏には立派な浴場がある。そこの窓から覗くつもりのようだ。


「動くな! 覗き魔め!」


 キノンがそう声をかけて槍を突きつける。まあ突きつけたところでさしたる攻撃力はないのだが。

 なにぶん暗いのでよく分からない。相手もなにか棒のようなものを持っている――


 ずどん。


 腹の底に響くような重たい音と共に、デバガメ野郎の持っている棒のようなものが火を噴いた。これ、もしかして火縄銃とかいうやつ?

 漢字を覚えるのが面倒で世界史を取ったので、火縄銃と言われると大河ドラマで履修した先ごめ式のやつ、という認識だ。だから連発はできないだろうと踏む。


「おいおい、なんで覗き魔が石火矢を持ってるんだよ」


 キノンがあきれる。石火矢っていうのか。宮崎駿式だ。

 とにかく槍の柄でひたすら2人のデバガメを叩きのめした。やっぱり火縄銃は連発は利かないらしく、あっという間にボコボコにできた。

 騒ぎを聞きつけて、酒の抜けない顔の騎士団が駆けつけた。そしてデバガメは縄をかけられた。


 騎士団が尋問したところによると、この2人はなんとデバガメでなく暗殺者であったらしい。あたしとキノンが駆けつけて、思わず撃ってしまったらしいのだ。弾丸は宿屋の壁に穴を穿っていた。

 なんてマヌケな暗殺者なんだ。もとの世界だと「防犯カメラがとらえたおマヌケ犯人」とかそういう名前をつけられてテレビで醜態をさらされるやつである。


「ジュン、キノン、よくやった。その調子で励んでくれ」


 えっ、まだまだ体を張れと? これっていさおしに数えないの?

 戦って興奮した脳みそではまるで寝付けず、目が冴えたまま日の出の時間になってしまった。

 ちっとも休まらないまま、旅の続きが始まることになった。死んだ魚の目をしていると、騎士団長が話しかけてきた。ハノヴェさまからあたしとキノンにお話があるのだという。

 なんだろう。久しぶりにハノヴェさまのお声を聴くと思った瞬間、疲労感がいっぺんに吹っ飛んだ。

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