4 作ろうぜ既成事実

 とにかく騎士になるには騎士団入団試験なるものを突破しなきゃいけないらしい。前途多難だ。

 しかしあたしは根性と気合いで「なんとかなれーッ!」案件をなんとかしてきた人間である。数学で赤点を取ってしまったときだって、さっぱり分からないなりに必死でプリントと戦って、先生を質問責めして熱意に負けた先生にゴメンしてもらったくらい、なんとかなってきたのである。

 だから今回もなんとかなると思っていた。


 入団試験の会場は騎士団の事務所の裏にある、簡単な庭のようなところだ。どうやらここで武術の訓練をしているらしい。

 なにやら武器を持たされた。棒の先に白いクッションみたいな丸いのがついたやつ。人気アイドルが主演だという理由だけで観た去年の大河ドラマに出てきた、槍競技の練習用のやつだ。


「よーし。二人まとめてかかってこい!」


 騎士団長らしい人が練習用の槍を構える。

 スラムのひとも槍を構える。

 あたしも真似して槍を構える。


 気持ちはもう完全に「なんとかなれーッ!」であった。屈強な老婆であるメイド長が、某ベース弾き語り芸人の妻が子供の柔道の試合を応援するときのように応援してくれる。


「ジュンさま、気持ち気持ち!」


 よっしゃ。


「やあああーっ!」


 まっすぐ突っ込んでいく。

 かぁん、と乾いた音一閃、一瞬で槍を弾かれた。手がびりびりと痺れ、槍があらぬ方向に逸れて、あたしなんぞの体は易々と吹っ飛んだ。

 思わず槍を取り落としそうになるが、騎士が武器を手放してはいけない。強く握りしめて、どうにか槍を落とすことはなかった。


「せぇいっ!」


 スラムのひとも見事に弾かれていた。しかしあたしと違って体勢を立て直し、もう一度突っ込んでいく。

 負けていられない。あたしは体を起こして、突撃を開始する。技術じゃ勝てないのであれば根性だ。気合いだ。アニマルだ。


「ファイト、いっぱーつ!!!!」


 日本人なら誰でも気合いの入る(でもちょっと古い)フレーズを叫び、あたしは騎士団長の腰のあたりを狙う。もしかしたら衝撃でギックリとなって倒せるかもしれないと思ったからだ。

 しかしその瞬間騎士団長はあたしの槍を蹴飛ばし、あたしはそれを取り落とさないように頑張った結果、地面に顎から激突して頭の上をヒヨコが舞った。ピヨピヨピヨ……。


 スラムのひとのほうは脇腹を突かれて吹っ飛んでいた。槍は取り落としてしまっている。


「まずスラムの。槍を取り落とすのは騎士たるもの許されることではない。よって不合格」


 スラムのひと――何らかの名前はあるのだろうが、把握していないのでスラムのひとと呼ばせていただく――は、残念そうな顔をして、小声で「これだから市民権を持ってるやつは嫌いなんだよ」とぼやいた。


「で、ちっこいの。お前は最後まで槍を放さなかったという根性がある。よって騎士団に」


 被せ気味にメイド長が嬉しそうに言う。


「よかったですねえジュンさま! わたくしも同じ女として胸が熱うございます!」


 メイド長、もしかして余計なことを言ってくれたのか。騎士団長の表情がみるみる変わる。


「お前、女だったのか?」


「逆に女でなにか問題でも?」


「女が騎士になれるわけがなかろう。帰れ、女には用はない」


「そーゆーの、男女差別です!」


「じゃあなんだ、お前は男みたいにムキムキになって、女の幸せを捨てるつもりか? 女の幸せっつうのは好きな男に嫁いで子供を立派に育てることだろう」


 ううーん時代錯誤アンド男尊女卑〜!!!!


「とにかく女は騎士にはなれないんだ。帰れ帰れ。はいお疲れ様でしたー」


 というわけで、スラムのひとと共に事務所を追い出されてしまった。メイド長はプンスコ怒っている。ラピュタのドーラ婆さんにそっくりだ。怖い。


「お前、女のくせに騎士を目指したのか?」


「別にいいじゃん、女が騎士になったって。ご覧の通り胸元が薄いからビキニアーマーは似合わないけど……」


 スラムのひとはビキニアーマーとはなんぞ、という顔をしていた。いやあたしも田島くんの持っていたお色気強めのライトノベルの表紙でしか知らないが。


「なあ、お前たしかジュンって言うんだよな。俺はキノンだ。このままただ騎士団に入れないのはつまらないから、なにかいさおしを挙げて騎士団長に騎士団入団を認めさせないか?」


「いさおしってなに?」


「だから、ハノヴェさまをお守りするとか、伯爵さまをお守りするとかして、実績を作るんだよ」


「要するに既成事実をつくるってこと?」


「ちょいと、ジュンさま! 既成事実はちょっと品がない言い方でござんせんか!?」


「いいな、既成事実。作ろうぜ既成事実。俺たちはハノヴェさまの騎士になるんだ!」


 まるでプリンセスを守る騎士になる、みたいな口調でキノンは言う。いや確かにハノヴェさまは美しい、こんなにきれいなひとがいるんだ、というほど美しい。

 しかし男が男に既成事実を作ったら、それは腐女子ちゃんの喜ぶやつではないのか。そこをズバリと指摘してやる。当然この世界には腐女子なるものはいないので、「男が男に既成事実作ったら男色じゃん」と言ってやった。

 キノンはしばらくポカンとした顔をした。やっぱりこの世界は男色が普通の世界なのだろうか、と思っていると、キノンは心配そうな顔をして、そっとつぶやくように教えてくれた。


「ハノヴェさまのご本名はハルミアさまだ。女の方だよ」


 ……え?


 ちょっと待って。深呼吸する。すうー……はぁー……。


「ハノヴェさまって、女の子なの?」


 そうだよ、とキノンは頷いた。


 めのまえが まっくらに なった!

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