3 ジム所

 ハノヴェさまはポカンの表情をした。そりゃそうだろう、いきなりこんなことを10代の女の子が言い出したら驚くに決まっている。


「騎士になりたい……? わたしを守るために……?」


 伯爵は笑って誤魔化そうとした。


「いやあジュン殿は冗談がお上手だ。騎士団は16歳以上でなければ入れないのですよ」


「あたし17ですけど」


「同い年!?」


 ハノヴェさまは驚いた。あたしは(おお……ハノヴェさまとタメなんだ……)としみじみと嬉しくなってしまった。


「だとしたら失礼してしまった、子供の服など着せて」


「これ、子供服なんですか?」


 ブラウスの胸のあたりを引っぱってみる。子供服とは思えないほど「小さめの大人の服」だ。

 まあ、あたしはバレーボール部では体力と根性だけでレギュラーをやっていた人間である。顧問の先生にも「赤津にもうちょっと背丈があったらなあ」とよく言われた。

 というわけで夕飯のあとお風呂に入って寝た。翌朝メイドさんが持ってきたのは、なんというか、世界史の教科書でポーズを決めるヨーロッパの王様が着ているみたいなやつ。

 ……やっぱり男だと思われている。


「あのさ、あたし女なんだけど、なんで男ものの服持ってくるわけ?」


 メイドさんはビックリ顔になった。


「まことに失礼いたしました!」


 メイドさんはばたばたと出ていってしまった。少しして強そうな老婆のメイドさんが出てきた。メイド長というやつらしい。


「これはこれは失礼いたしました。隣国アルビオの男性の伝統衣装に似たものをお召しになっておりましたので、てっきり殿方かと」


 強そうな老婆のメイドはなにやらヘコヘコし始めた。強そうなのが台無しだ。

 隣国アルビオねえ……あ、三十路の従姉から借りた「トリニティ・ブラッド」とかいうラノベのコミカライズを読んでたら出てきたな、アルビオンって名前のイギリス。

 イギリスだとタータンチェックの巻きスカートみたいなのを紳士服として着るって聞いたことがあるぞ。高校の制服はチェックの巻きスカートだ。まさしく勘違いされるやつ!


 メイドさんたちはどうしようか悩んでいるようだ。女ものの服がないのだろう。あまり困らせるのも申し訳ないので、きのう出してもらったブラウスとズボンとソックスみたいなので構わない、と言っておいた。

 少ししてそれらが出てきたので着る。よし、きょうもがんばるぞ。


 なにをがんばるのか。


 クソデカため息が出た。とりあえず騎士団にはどうすれば入れるのか調べてみよう。強そうな老婆のメイド、以下メイド長をお供に、騎士団の事務所に向かった。


 この世界の騎士団というのは、だいたい警察とか消防とか救急とかをごっちゃにしたような組織である(意訳)と、歩きながらメイド長に教えてもらった。


「なんにせよ力しごとです、女の子が入るところじゃござんせんよ?」


「男だって誤解されてたんだからなんとかなりますよ。体力だけならめちゃめちゃありますしね」


 腕まくりをしてみせると、メイド長は「おやめください、はしたないですよ」と、袖を戻した。

 騎士団の事務所が見えてきた。どうやらジムも兼ねているらしく、ときおり「フン!」とか「ムン!」みたいなマッチョ的掛け声が聞こえてくる。きっとムキムキの筋肉質だらけに違いない。まさにジム所だ。


「たのもーう!」


 うっかり変なことを言ってしまったわけだが、とにかく騎士団の事務所のドアを開けた。ムキムキのお兄さんたちがなにやら人を囲んでああでもないこうでもないと言っている。


「なんの用だ? いまは取り込み中だ」


 そうでしょうね。いま囲まれているひとが先らしいので様子を見る。あ、この人、スラムであたしを拾って伯爵のお屋敷に連行した人だ。髪をこざっぱりと刈り上げてきちんとしたものを着ているから一瞬分からなかったが、あきらかにあの若者である。


「だから、俺は騎士になりたいんだよ! 本気なんだって!」


「しかしスラム育ちの騎士なんて聞いたことがない。俺たちは出世すれば伯爵閣下のお館に詰めるんだぞ。スラム育ちが伯爵閣下のお館に詰めていいと思ってるのか?」


「あの」


 あたしは手を挙げた。


「なんだ子供。お前の順番はあとだ」


「そういう身分差別、すごく古いと思います」


「……はあ?」


「あたし転生者なんですけど、元の世界でそういう差別をすると裁判になります」


「……おう、面白えじゃねえか。ちゃんと聞かせてくれ」


 コワモテの騎士たちに囲まれてしまった。男臭い。野球部とかラグビー部の部室みたいな臭いがする。


「いま、っていうかいまなのかな。とにかくあたしのもといた世界だと、男女差別とか、同性愛者差別とか、そういうのは古いし、みんな平等にしよう、って言われてます。多様性です。確かにクラスにはあんまり裕福でない子もいました、でもそれを馬鹿にするのはいけないことです」


「……異世界っつうのは先進的なんだな。よろしい、入団試験を許可しよう。で、子供、なんの用だ?」


「子供じゃなくてジュンという名前があります。あたしは騎士になりたいです」


 男たちは目をぱちぱちさせて、困った顔をした。


「子供は騎士になれねえんだよ」


「あたし17歳です。子供じゃありません」


「……ずいぶんちっこいな。まあ転生者だ、なにか相応の特技があるんだろう。お前も入団試験を許そう」


 入団試験。騎士にすぐなれるわけではないらしい。

 それでもあたしはワクワクしていた。騎士になって、なにがなんでもハノヴェさまの寝所の番をするのだ。途方もない夢だった。

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