2 やりたい仕事

 お屋敷での生活初日は、ひたすらハノヴェさまに見惚れるだけで終わったようなものだった。

 出てきた夕飯が革靴を煮たようなかったい肉とパッサパサの茹でたジャガイモだけでも、それを粛々と食べるハノヴェさまの美しさにただただ釘付けになっていたので、味など分からず不満はなかった。

 よく見るとハノヴェさまは女物に見える赤い石の耳飾りをつけていた。そういうところもまた、ハノヴェさまの内面を想像させて、まああたしに想像力なんてあんまりないのだが、とにかくそういうギャップ萌え、っつうの? そういうものがさらにハノヴェさまが気になる理由だった。


 ハノヴェさまは夕飯を食べ終えるとさっさと寝所に向かわれてしまった。きょうはもうハノヴェさまを見られないのか、と残念な気持ちになりながら、あたしは自分の部屋に向かった。

 ベッドはそれなりにフカフカである。あっという間にスヤリンコと寝てしまった。


 次の朝起きて食堂に行くと、ハノヴェさまはもう食事を終えられて体を鍛えておられるという話だった。観察にいこうとしたらメイドさんに止められてしまった。無念。


 なので街をブラブラしたい、と言ったところ、この世界の服に着替えてメイドさんをつけていくならいい、と言われた。なかなかに不自由だ。

 この世界の服はわりとシンプルだ。白いブラウスに短めのズボン、ブーツ。長めの黒いソックスは靴下留めでつけている。

 なんというか男の子みたいな格好になった。もしかして男だと思われてる? いやいや。スカートを着ていたのだから男に見えるはずはあるまい。


 街をブラブラする。メイドさんは私語ひとつせず、わたしの右横50センチのところにぴたりとついてくる。なんだか不気味だ。

 街は概ね栄えているように見えた。バレー部カット、要するにベリーショートの髪を指先で整えながら、街を見渡す。

 ナーロッパ世界ではあるものの、冒険者とかいう楽しげな職業はなさそうだ。ギルド通りとやらに来てみたが「鍛治ギルド」とか「木工ギルド」とかそういうのしかない。

 なんだかつまらないので、メイドさんに聞いてみる。


「ねえ、この世界って冒険者っている?」


「……はい?」


「だから冒険者だよ。冒険してモンスターと戦ったり宝物を探したりする」


「なにをおっしゃっておられるのか、さっぱりわからないのですが……」


 メイドさんを困らせてしまったので、どうやら冒険者というものは存在しないんだな、と納得する。ナーロッパ度数が1ポイント減った。

 まあこの知識は隣の席の田島くんの読んでいる本の受け売りだ。田島くんの好きなライトノベルは現代人が読んで面白いものであって、実際に異世界に行っても冒険者という面白そうな職業がないのは仕方がなかろう。


 だいたい伯爵のお屋敷で暮らしているあたしがそういうものになれるわけがない。田島くんが言うには冒険者というのはモンスターと戦って財宝を手に入れて、その金で「宵越しの銭は持たねえ」をやっている人たちなのだから。


 街を歩いていると、なにやらポスターのようなものが貼ってあるのが目に入った。

 日本語じゃないけど読める。読んでみると「騎士団員募集 君もハノヴェ様の寝所の番ができる!」と書いてある。


 え、この世界って、その……男色? がアリな世界なの?

 田島くんの貸してくれるライトノベルじゃなくて、教室の後ろの隅っこできゃあきゃあ盛り上がってる腐女子ちゃんたちが喜ぶ世界なの?

 となれば女物の耳飾りをつけていた理由も察するしかない。うそでしょ、ハノヴェさま……。

 そこから先の記憶はない。あたしはふらふらとお屋敷に帰ってばったりと夕飯まで寝込んでしまった。夕飯には目が覚めた。食欲全開である。


 その日の夜、やっぱり革靴を煮たような肉と、パサパサのジャガイモ(田島くんが言うには異世界モノの作品にジャガイモが出てくると一部のめんどくさい人たちが大騒ぎするらしい、なんでだろう?)をもぐもぐ口に押し込んでいると、伯爵が話しかけてきた。


「ジュン殿。こちらでの身の振り方は考えておられるか」


 要するに働け、ということだな。

 しかし完全なるノープランだ。やりたい仕事などない、ぐうたらと伯爵の屋敷で過ごしたい。この世界はボーイズがラブなのだし。

 きっとボーイズがラブなゲームの世界に転生しちゃったのだ。クソデカため息が出る。


「父上。ジュン殿はまだ子供です。働かせるなんて無茶はいけません」


 ハノヴェさまがあたしを庇ってくれた。思っていたより高い、鈴の鳴るような声だ。嬉しくて涙目になる。


「しかしこの家の財産にも限りが。うぉっほん、なにかやってみたいことはないか? どんな仕事でもギルドに口利きしてさしあげよう」


「どんな……仕事でも……かあ」


 またため息が出そうになって、失礼だよなとため息を飲み込む。のどにジャガイモがつっかえそうになった。


 仕事についたらここを出ていくことになるのだろう。そうしたらハノヴェさまの近くにはいられないなあ……ん?


 騎士団員募集のポスターに、「君もハノヴェ様の寝所の番ができる!」って書いてあったな。


 あたしは顔を上げた。


「……あの。やりたい仕事、ありました」


「ほう?」

 伯爵はうれしそうだ。あたしはずばりと、真剣な口調で言った。


「騎士です。騎士になります。そしてハノヴェさまをお守りいたします」

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