憧れの御曹司が女だった件

金澤流都

1 ズギャン

 昔々、あるところにとある貴族の治める街がありました。

 貴族の家の当主にはずっと子供がいませんでした。子供は授かりものです、欲しいからと簡単にできるものではありません。そして当主は男の子を欲しがっていました。後継ぎが欲しかったからです。

 そんなある日、当主の妻が懐妊したことが当主に伝えられました。当主はとても喜びました。子供に剣術や槍術を教える日を楽しみに、赤ん坊が生まれる日まで毎日ニコニコして過ごしました。

 しかし生まれた赤ん坊は女の子で、そのうえ妻は産後の肥立ちが悪くて死んでしまいました。

 そこで貴族の当主は考えました。


「そうだ、男として国に届け出て、男として育てよう」


 こうして、街を守る貴族の家に嫡男が生まれたことになりました。


 物語はその17年後、大きく動きはじめるのです。


 ◇◇◇◇


 あたし、赤津淳! 高校の帰り道、交通事故に巻き込まれて、気づいたらナーロッパにいたの!

 というかナーロッパってなに? 隣の席の田島くんが読んでいるライトノベルとかいう本みたいな世界かな? 田島くん、本の内容を熱く語ってくれるのは嬉しいんだけど、あたし本とか正直あんまり興味ないんだよね!


 なんていうかすごく汚いところでびっくりした。たぶんスラム街とかいうところにいるんだと思う。高校の制服しか着ていないし、カバンの中でスマホは粉々になっているし……どうしたらいいの〜!?


 スラム街の人たちはみんなボロボロの服を着ていて、あたしのことをじーっと見ている。そっか、高校の制服はこの世界の人からしたら超豪華な服になるんだね!

 スラムから出ようと歩き出すと、街の地面は石畳に覆われていて、ときどき馬車がパカポコ走っていて、えねっちけーでこういう風景見たことあるな……と思っていたら空をドラゴンが飛んでいたり鎧を着たひとが歩いていたり……なるほどナーロッパだと思った。

 よくわからないけど、魔法とか使えるのかな?


「チンカラホイ!」


 と、「大長編ドラえもん のび太の魔界大冒険」に出てくる魔法の言葉を唱えたけれど、当然なにも起きなかったわけで。

 スラムのひとに冷たい目で見られる。うう、つらい。


「おい」


 唐突に誰かに声をかけられた。黒髪に金色の瞳の、きれいにしていたらさぞかし美しかろう、という小汚い若者からその声は発されていた。


「なに?」


「お前、もしかして『転生者』か?」


「……ああ、ナーロッパ……」


「なーろっぱ?」


「まあそれはどうでもいいのよ。転生者がどうしたの? たぶんそうだと思うよ?」


「じゃあついてこい! はぐれるなよ!」


 小汚い若者はいきなりあたしの手を掴んで走りだした。な、なにごと!? あたしもバレーボール部で鍛えた体力ならあるので、なんとか若者の猛ダッシュについていけた。


 連れてこられたのは大きなお屋敷の門の前だ。通るひともスラムと違ってみなきれいなものを着ている。門を守っていた兵士が顔をしかめる。


「おいスラム民、なんの用だ」


「これ! これが伯爵さまが探しておられる転生者です!」


「……なるほど確かに転生者のようだな。このような上等すぎる仕立ての服を着ているとなると……しばし待て。伯爵さまにご確認いただいてから、謝礼を払う」


 若者は嬉しそうな顔をしている。一方でわたしはもう一人の兵士に引っ張られて、お屋敷のなかに連れて行かれた。

 お屋敷の中はなんというかスネ夫の家だ。甲冑やらツボやらがあちこちに飾られている。通されたのはでっぷり太ったおじさんの前だ。


「転移者です、伯爵閣下」


「ほう。そなた、名はなんと申す」


「ジュンです。赤津淳」


「……ふむ。連れてきたのは誰だ?」


「それが、スラムの者でして。いかがされますか?」


「謝礼は最初に決まった額を払ってやれ。ジュン殿、そなたにはこの屋敷で暮らしてもらおう。転移者が現れたとなると騒ぎになるのは確実だからな」


 おお、スラムからスタートのハードな出だしだと思ったら思いの外イージーだ。

 でも転移者が現れて騒ぎになるのはどうしてだろう。まあおいおい分かるだろうし気にしないことにしよう。


 とにかく伯爵さまの部屋を出た。メイドさんが屋敷の中を案内してくれた。大きな風呂場、むやみに飾りが豪華だけど便座が冷たいトイレ、なにやらおいしくなさそうな匂いのする台所、みんなでご飯を食べる食堂。ついでに馬小屋。馬小屋には白馬がいた。


 メイドさんは中庭に案内してくれた。そこではネズミーアニメの王子さまみたいな、金髪碧眼で筋骨隆々の若者が剣術の先生から剣の稽古を受けていた。


「あの方が御曹司のハノヴェさまです」


「ハノヴェさま……」


 美しい人だった。


 亜麻色の髪はさらさらとしていて、その面立ちはまさに花のかんばせである。まるで水仙の花が咲くように、ぴんと伸びた背筋。そしてちっちゃいジープでも乗っていそうな上腕二頭筋である。

 語彙の乏しいバレーボール部女子高生の語彙がここまで爆発するのだからどれだけ美しいのか伝わったと思う。


 そして、そのハノヴェさまは、あたしのほうを見て、ニコリ、と微笑まれた。


 その微笑みにズギャンされて、あたしはよろめいた。

 これ恋に落ちないひと、いないよね?


 その麗しの御曹司と、一つ屋根の下で暮らせと?


 あたし、どうなっちゃうの〜!?

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