12 夜這い

 夜遅く、急に宿舎が騒がしくなった。いちばん隅っこにいたあたしとキノンが起きるころには、何が起きたのかが大まかに伝わってきた。

 なんと、王女であらせられるベルタ姫が、ハノヴェさまに夜這いをかけたという。それはまずいんじゃないのか。詳しいことはわからないが、もし女だとバレてしまったら大変なことになる。

 あたしとキノンまで情報が伝わるまでには時間がかかる。センシティブな情報ならなおさらだ。

 アプリで共有してくれと思ったがあたしのスマホはこの世界に来たときに通学カバンの中で木っ端微塵になっていて、さらにこの世界にはスマホがないのだった。

 しょうがなくしばらく待つも、一向に性別がバレたかどうかは伝わってこない。キノンは騎士団長が騒がないなら大丈夫じゃないか、と言っているが、あまりの事態に沈黙している可能性もある。

 とにかくしばらく起きていた。日付が変わったことを王都の大時計が知らせた。眠い。しかし緊急事態だ。寝るわけにはいかない。

 騒ぎが収まったころ、そっと様子を見に行く。騎士団長はぐうすか寝ていた。ハノヴェさまはどうなさいましたか、と尋ねる。


「ううーん畑の土……畑の土……」


 だめだ、変な夢を見るくらい熟睡している。

 なのでじかにハノヴェさまの様子を見にいく。

 ハノヴェさまは泣いておられた。バレてしまったのだろうか。心臓がドキリと鳴る。


「あの、ハノヴェさま……」


「ああ、すまない。心配をかけたね。大丈夫。わたしの性別はばれちゃいないよ」


 よかった〜!!!!


「じゃあ、なんで泣いていらしたんですか?」


「いや……こんな女々しい理由で泣いたなんて、父上に言ったら叱られるから」


「誰にも話しませんよ」


「そうか? ……わたしは、ベルタ姫のように、かわいい寝間着を着て寝たかったのだ。甘い香りの香水をつけたかったのだ。髪を伸ばしたかったのだ。ベルタ姫のように」


 悲しみの告白、であった。

 ハノヴェさまはしくしくと泣いておられた。やっぱり伯爵さまへの怒りがメラメラポッポしてくる。



「大丈夫。ちょっと羨ましくて妬いてしまっただけだ。悲しいとか痛いとかではないよ。それに夜這いをかけられたということは、父上の言うとおりベルタ姫を連れ帰ることができる」


「そのことを、王陛下側はご存じなのですか?」


「もちろんだ。ベルタ姫は叱られて大泣きしていたよ」


 思わずクスリとなる話だった。


 ◇◇◇◇


 というわけで、ハノヴェさまとそのお供の騎士団は、ベルタ姫という大きな戦果を抱えて伯爵領に戻ることになった。

 帰りももちろん徒歩だ、足がクタクタになる。しかもハノヴェさまはベルタ姫と一緒なので、無駄話要員にすらなれない。

 そんなわけでげっそりとすり減りながら伯爵領に戻ってきた。ベルタ姫もおみこしとカゴの中間みたいなやつで移動したのにくたびれた顔だ。ずるい。

 お屋敷のある街に入ろうと、ぞろぞろ進んでいると、向こうからなにやら怪しい風体の人物がふらふらーっとあたしの横を抜けて近寄ってきた。手には包丁を持っている。

 あれ、通り魔? 暗殺者の鉄砲玉?

 なんにせよハノヴェさまをお守りせねば。急いで走る。部活でやらされたシャトルランが役に立ちそうだ。刃物男の両腕を極めて止める。


「団長! 怪しいものを捕らえました!」


 刃物男はじたばたするでもなく、ただだらんとしている。その様子を見て騎士団長は訝しんだ。


「確かに街中で刃物を持ち歩くのは法に触れることだが……なんでこんなに大人しいんだ? ジュンの力で捕まえられるとは」


 騎士団長が刃物男の顎に触るなり、まるっきしプロレスの毒霧の要領で刃物男は血を噴いた。そしてそのままぐったりと力なく、動かなくなった。


「な、なんだ!?」


「団長! 急いで顔を洗ったほうがいいです!」


 なにか病気の可能性がある。団長はよく分からない顔をしていたが、血からうつる病気があるから、というと慌てて水筒の水を顔にかけた。

 刃物男は気絶している。なにか嫌な予感がするぞ。刃物男はそのまま医者に運ばれることになった。


 その1週間後、騎士団長が熱を出した。

 そして街では、またしても疫病が噂されるようになった。この間のスラム街の肺炎と違って、その病気になると血をぶーっと噴き、人に浴びせて死んでいくという。

 そう、刃物男は運ばれた先の医者のところで死んでいた。なんで刃物を持っていたのかは分からないままだ。


 そんななか、とてもとても婚礼など挙げられず、ハノヴェさまはなんとか疫病を鎮めるべく医師を招いて知識を得たりしていた。

 ベルタ王女はいつまでも婚礼が挙げられず別の部屋にいねばならないのを悲しみ、早く婚礼を挙げないなら王都に帰る、と言い出した。


 ハノヴェさまはあんなに頑張っておられるのに。

 騎士団の事務所にあった瓦版を読んでベルタ王女のわがままぶりにイライラしていると、騎士団長があたしとキノンを呼んでいる、と上役の騎士に声をかけられた。もう熱は下がったのか、と聞くと、相変わらずだという。

 毒霧を浴びせられるかもしれない。いろいろ考えた結果、通学カバンから学習塾のロゴの入ったクリアファイル2枚を取り出してフェイスガード代わりにし、それからコロナ禍で予備として持ち歩いていたマスクを装備して、キノンと一緒に騎士団長に会いにいくことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る