13 ビキニアーマーは似合わない

 騎士団長は紙のように白い顔をして、ベッドに横たわっていた。

 口には布を当ててある。血を吐かないように用心しているのだろう。騎士団長はあたしとキノンを目だけで見て、掠れる声で言った。


「お前たちの騎士団への正式な加入を許そうと思う」


 そう言われても喜べる状況じゃない。しかし騎士団長は続ける。


「どうした? もっと喜んでいいんだぞ?」


「でも……団長がそういう状況で、わーいやったーとは言えませんよ」


「そうか。心根が優しいんだな……ひとつ頼みがある」


「なんでしょうか」


「自害するから介錯をしてほしい。なに、首を刎ねろとは言わんよ。戸棚に入っている小瓶をとってほしいというだけだ」


「服毒自殺なさるおつもりですか」


 キノンが唇を噛んだ。あたしもそんな感じの顔をしているのだと思う。


「そうだ。毒を吐いて死ぬまえにな……ハノヴェさまのご婚礼を見られなかったのが残念だ」


「……どうする、ジュン」


「団長の命令だから、従うしかないでしょ」


 あたしは中高とバレーボール部で、先輩の言うことを聞かないと即いじめられる環境にいた。そして先輩にさからっていじめられる子を毎日のように見た。

 だから上の命令には完全服従の態度が正しいと思っている。そして、いまや正式な騎士団員になったのだ。従わないわけにいかないのだった。


「ジュン、お前には人の心がないのか」


 キノンに睨まれた。睨み返す。


「団長は病気が流行らないように自害なされようとしてるんだよ。従うしかないじゃん」


「キノン。たしかにジュンの言うことは冷たいかもしれないが、騎士としての正しい態度なのだと思うよ」


 騎士団長は力なく言った。キノンは頷いて、騎士団の他の面々を集めてきた。

 そこで騎士団長はあたしとキノンの昇格の話をして、薬を飲んで自害するつもりだ、と語った。騎士団員はいいおっさんばっかりなのに、みんなおいおい泣いていた。

 団員の一人が、小瓶を戸棚から取り出して、それ以後のことはみんなと泣いていてあまり覚えていない。一つ覚えているのは、騎士団長が穏やかに亡くなったことだ。

 女というだけで落とされた入団試験で騎士団長と槍試合をしたことを、あたしは忘れないだろう。


 奇病の噂は街じゅうに響いていた。

 このままではベルタ姫を連れ戻しに聖女さまがやってくるぞ、とも噂された。

 しかし街は完全なる自粛ムードで、めでたいことなど何一つできそうにない。商店には呼び込みの人はおらず、食堂から立ちのぼる煙は細くなり、街は静まりかえっていた。

 騎士団長は、自害したらご遺体を街の医療ギルドに回すように、と命令を書き残していたので、団長の遺体は医療ギルドで腑分けされた。

 その結果、この奇病は肺に血だまりのこぶができて、そこから病死の瞬間毒の血を噴き上げるのだろう、ということが推測された。こぶを切り開いたところ、大量の血が流れ出して、実験としてネズミにその血をなめさせたら人間と全く同じ症状が出たらしいのだ。

 この世界に魔法はないし、医学も現代日本のような治療ができるレベルではない。


 ああ神様、我にチートスキルを与えたまえ。

 ああ神様、我に医学知識を与えたまえ。


 そう、あたしは頭の悪い女子高生だ。医学の知識など持ち合わせていない。チートスキルも持っていないただの女騎士(ただし貧乳でビキニアーマーは似合わない)である。


 ある日、騎士として街をぐるっと歩いて不審者がいないか確認する仕事をしていたのだが、街角でなにやら妙なものを見かけた。

 高貴なひとが庶民の服装をしている、ということがわかる女の子が、菓子屋の主人に難癖をつけている。営業妨害だしこの女の子がこういう庶民の暮らすエリアに降りてくるのは危険だと分かる。


「失礼します」


 割り込んでいくと女の子はあからさまに嫌そうな顔をした。


「なんですか。わたくしはこの店の、看板に描かれたイチゴ飴を食べたいだけなのです。それだというのにこの主人はイチゴ飴はいまは作っていない、と」


「街をぶらぶら歩かれる方もずいぶん減りまして、作っても採算が取れないんです。だからイチゴも仕入れておりません」


「わたくしが命じているのです。早くイチゴを買ってきて作りなさい」


「そういうわけにはいかないのです」


「あの。お嬢さん、あなたのやっておられることは営業妨害でして、立派な犯罪です。このまま騎士団の事務所に連行して、ムチ100の刑罰を受けるか、ここで諦めてお帰りになるか、どちらかお決めください」


「わたくしは王女なのですよ!?」


「ひえっ。ベルタ王女さま。申し訳ございません、急いでイチゴを買って参ります」


 あたしは菓子屋の主人を止めた。


「大丈夫です。王女さまがこのような好き勝手なことをしていたのはきっと恥ずかしいことですし、真に国民のことを思うのであれば、こういう奇病の流行っているところで勝手なことをするのはよろしくないことだとお分かりのはずです」


 あたしがそこまで言うと、ベルタ王女は突然泣き始めた。


「わたくしは王都に帰りたい! おかしな病は流行っているし市民権制度がなくてスラムのひともウロウロしているし! ハノヴェは婚約者だというのに抱いてくれない!」


 最後のやつだけ、どうしようもないことなのであった。本当に、どうしようもないことだった。

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