14 端的に言ってたいへんまずい
ぐすぐす泣いているベルタ王女に、あたしはハンカチを差し出した。そして適当な言いわけをする。
「ハノヴェさまは女性恐怖症なのです」
「そんな気色悪い病気があるはずがありません。男はみな女が好きです」
ベルタ王女の言うことが王女さまにしてはあまりにも大年増みたいなので、詳しく話を聞くと、なんとも恐ろしいことがわかった。
ベルタ王女は王の城にいたころ、それも幼いころからまったく当たり前に、男を好きに選んで給仕させたり同衾したりしていたらしい。だからどこでもそれが男女問わず当たり前だと思っているらしい。
全く想像もしなかったことだ。貞潔とかそういうことより、嫁ぎ先で早く赤ん坊を産むほうが優先で、そのために房事に慣れておかねばならないというのだからそこに人間の心はない。
この人もまた被害者なのだな、とあたしは思った。
「とにかくお屋敷に帰りましょう。ここにベルタ王女殿下がいると広まる前に」
「いやですわ! 毎日煮た革靴とゆでたイモみたいな食事だし、きれいな服もないし!」
「ハノヴェさまをお好きだという気持ちは、変わってしまったのですか?」
「……あの男の子供なら、産んでも構わないとは思いますわ」
ううーんハノヴェさま女なんだよな〜!!!!
どうやらベルタ王女は完全なる欲求不満のようだ。しょうがないのであたしがお供をして、もうちょっとハイソなあたりで買い物をすることにした……のだが、この世界では貴族やお金持ちは家に商人を呼んで買い物をするのが当たり前らしく、元の世界における高級ブランドのお店のようなものは一軒も見当たらない。
まいったなあ。とにかくお屋敷に戻ってきたら、明らかにスラムの人と思われる人たちが、立て札を持って給付金の支給を求めていた。
「いやだわ、いやしいスラムの人たちがいる」
「いやしいなんて言っちゃいけません。この街では市民権制度が撤廃されているのですから」
「いやしいものはいやしいのです。いなくなればいいのに」
……この女、どこまでも性格が悪いな?
いや、この世界のやんごとなき人というのはそもそもこうなのかもしれない。悪く受け取っちゃいけない。
とにかくお屋敷に連れてきた。久方ぶりに伯爵さまにお会いして、ベルタ王女殿下になにかおいしいお菓子や素敵な服を買ってさしあげてほしい、と言うと、伯爵さまは顔をクシャクシャでなくシワシワにした。そういう財政的余裕というものがさっぱりないらしい。
「伯爵さま、ハノヴェさまは伯爵さまの仰った通りにベルタ王女を連れ帰ったのです。ベルタ王女には当然王女として対応しなくてはいけないでしょう。欲しがるものを潤沢に与えられないなら、そもそも連れ帰ることをハノヴェさまにお命じになってはいけないのでは?」
完全に「野良猫を拾ってきた子供を叱る母親」のていで伯爵さまを説教する。伯爵さまはゲンナリ顔をしていた。
とりあえず機嫌をとるために商人が呼ばれるようだ。職務完遂、というわけで騎士団の事務所に戻ると、もう夜のまかないの時間だった。
◇◇◇◇
奇病の噂はまだ続いていた。
これは転生者がいずこかに現れたからだ、とか、星の並びが狂ったからだ、とか、さまざまなことが巷では噂されていた。
転生者本人としては、そういうことが起きたきっかけが自分だとしたら大変申し訳ないの極みである。
ある朝、低血圧で眠いながら布団を出て、寮の自分の部屋を出ると、なにやら騎士団の事務所が騒がしくなっていた。
「どうしたんです?」
「スラムで民衆の暴徒化が起きているらしい。病気で次々人が死んでいるのに伯爵閣下はなにもしない、と」
「……はあ?」
「よく分からんが、市民権を与えられた……というか、法の上で平等になったのになにも変わっていないじゃないか、というのもあるらしい」
「はあ……」
「じゃあ、キノンとジュン、任せたぞ。暴徒鎮圧だ」
任されてしまった。槍を抱え腰に石火矢を下げて、キノンと2人スラムに向かう。
「なんで暴徒化なんか起きたんだろうね?」
「それくらい市民平等が生きるきっかけになったってことだろうな」
「どういうこと?」
キノンは、スラムの人たちが市民権のある人間と平等になったということは、必要最低限の暮らしを手に入れたということで、そうやって生きる価値を認められたからこそ不満を言う元気が生まれたのだ、と語った。
なるほど。
歩いていくとなにやら街角の向こうで炎と煙が上がっていた。暴徒が火を放ったのだ。わあ。これはやばいぞ。
「どうするジュン。これは俺たちだけでの鎮圧は無理だろう」
「そうだね……こんなにひどいとは思わなかった」
というわけでキノンはそこに残り、あたしが騎士団を呼びにいくことにした。事務所に到着すると、もう噂は広まっているようで、ほかの騎士たちも出撃の準備をしていた。
暴動の現場にみんなで向かうと、暴徒の1人がキノンを捕らえ、首になまくらの包丁を突きつけていた。
端的に言ってたいへんまずい状況であった。
「こ、こいつの命が惜しかったら、いますぐおれたちに協力して、伯爵の屋敷を焼き討ちにするのを手伝え!」
「俺は命なんぞ惜しくない。捨ててください」
キノンは冷静にそう言った。騎士たちは互いに顔を見合わせた。
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